2018-08-17

anond:20180816160830

かに昔は「外面だけ見ればやってることは把握できたと錯覚やすもの」がなりたいものだったよなあ。

今だからこそ臨場感のある、情報量の多い情報が誰でも手に入るようになったんだと思う。

(だからこそ、錯覚するような情報を並べまくり、囲い込みやすくなったとも言えるけど)

教師に関しては、今よりも

学校教育をどうにかしよう」という人が減って、

学生生活で培った自分美学を変えたくない」みたいな人が増えて、

まり生徒に興味がない人間が増えそう。(今もそうだけど)




家庭に賄える趣味教育コスト的なものが激減して、

(身近な例でいうと、スタデサプリとかの映像講義電子ピアノとか、タブレットとか)

職にできるスキル、というか、将来に向けたスキルを身につけるのは、昔ほど難しくはないと思う。

けれど、それが家庭に導入されるかは家庭次第だし、

「その家庭の考え方」が今よりもいろんな方向に行って、

この先どうなることやらという感じだなあ。


教育格差は年収普通(なんといったらいいのか)以上あれば、

お金より親の考え方が大きく影響しそうな気がする。

記事への反応 -
  • 学生時代、学校生活自体楽しかったからとかいう、自分の周り以外の他人のことを見れない、粗野な人、 学校をもっとまともにしたい、みたいな姿勢で自分の過去に対する意趣返しをす...

    • 教師というのは義務教育を終えた人間であれば全員がしっている、いやしっているどころか仕事内容を熟知していると錯覚している職業だ 人間はよく知らない職業より、知っている職業...

      • 確かに昔は「外面だけ見ればやってることは把握できたと錯覚しやすいもの」がなりたいものだったよなあ。 今だからこそ臨場感のある、情報量の多い情報が誰でも手に入るようになっ...

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