クソアニメハンターの一人として、最近のポプテピピックブームについて言っておきたいことがある。
まず、ポプテピピックはクソアニメではない。クソアニメとは、決して意図的に作り出されるものではないからだ。
人工的に成分を合成したウンコをウンコと呼べるだろうか? 呼べはしない。ウンコとは、それが生じる過程によって定義されるものだからだ。
ポプテピピックは『クソアニメ』であることを目標として、見事にそれを描いたように見える。だが、クソアニメとは目標としたところを全く描けなかったアニメのことだ。描こうとした目標を達成しているのなら、それは普通のアニメだ。
クソアニメハンターにとって、クソアニメを鑑賞することは自然を愛でることに近い。稚拙さと混乱が生み出した偶然の美を堪能することこそが、クソアニメ鑑賞の醍醐味だ。
普通のアニメは人の手によって作られるが、クソアニメは偶然と不作為の産物であり、言ってみれば神の手によって生み出される。
つまり、クソアニメを意図的に作り出したと主張することは、冒涜である。それは神を騙る暴挙にほかならないからだ。
ポプテピピックはこう言っているように見える。「これはクソアニメです。だからいくらでもバカにしていいですよ」と。
だが、彼らはその「自虐」の対象が、自分たちだけに留まらないことに気付いているだろうか? これはクソアニメと、その製作者に対する侮辱である。
クソアニメの製作者たちは保護されなければならない。彼らは神に捧げられる生け贄 神の声を聞く巫女であり、彼ら無くしてクソアニメは成立しないからだ。
ポプテピピックはクソアニメを侮辱した。クソアニメの製作者たちを侮辱した。これは神聖なクソアニメに対する冒涜である。
ポプテピピックはクソアニメを騙った。ウンコでないものが、ウンコではないにも関わらずウンコを騙った。これは神に対する冒涜である。
素晴らしい投稿ですね。あなたの愛が、その信仰が、やがて神に通じることを願っています。
お前にとってあれが普通なのか
「クソゲーを自称するゲームはクソゲーか」の類似問題かな。とマジレス。