最初の行の書き方からして、増田は「潜在的にバイな人」はあくまで少数派だろう、と思ってると見たけど。
私は逆に、大多数の人間は潜在的にバイだろうと思ってるんだよね。
大多数の人が異性愛が当たり前と思っているのは、単に後天的な学習の結果ではないかと。
そうでなければ、時代や地域によっては同性愛が当たり前という文化があることの説明がつかない。
現代日本の異性愛者とされる人でも思春期の頃に同性愛を経験している人ってのは割といたりするけど、
それも頭が柔らかい子供の頃は「異性愛が当たり前である」という「常識」に囚われない行動が出来るからなんじゃないかな。
そして、むしろ「先天的に何がなんでも同性/異性でなければ気が済まない人間」の方が少数派なんじゃないかと。
現代日本の同性愛者というのは、その少数派の中でも更に少ない「何がなんでも同性でなければ気が済まない」人間なんだろうと。
同性愛者の中には両性愛者や選択的同性愛者をやたら嫌う人間が少なくないけど、
これも「同性でなければ気が済まない」彼らにとって、男女どちらでもOKな人間は「理解不能な気持ち悪い存在」だからなんじゃないか。
なので「同性愛を許容する法律が出来れば同性愛文化が広まり、同性愛者がやたら増える」ってのは十分に有り得る事だとも思っている。
(まあ起こったとしても少なくとも何十年も後の話だろうとは思うけど)
私は別に同性愛者が増えようがどうでもいいと思っているけど、それじゃ困るのでそれは防がねばならないと考える人も世の中多いだろう、ってのは理解出来る。
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多分、潜在的にバイな人はそれなりにいて、その中には同性愛だけ、異性愛だけ、というのを選択できる場合もあるんだろうね。性的な志向がある程度コントロールできる人、というの...
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