ゆとり最大の罪は、教える内容の難易度を落としたことではなく、
若いうちに身につけないと手遅れになるような基礎をきちんと身につけさせる
時間を軽視したことだと思う。
学力の面で言うと実は今の教育実践の問題って教師が"いい授業"をしようとする部分にばかり意識を注ぐことなんよ
物量を減らそうというゆとり教育の背後にも"わかりやすい授業をしたい"という教師の意識が大きくあって、
ここ20年で失ったものは実は知識を定着するのに必要な"単純な反復作業"だったりする
これから必要なのはこの見失っていた部分の重要性をもう一度見直すことだと思う。
そもそも教育の目的、特に初等教育の目的は世の中を知ることではなく、世の中を知るための読み書き計算基礎基本を徹底的に反復強制で身につけさせること
実はまさにその知識ではなく"社会を知るため"の授業をしようというような崇高な教育観が、ゆとり教育に代表されるここ十数年の教育界にはあった。
しかし現実に考えればわかることだけど、世の中を知るなんて壮大なことは実際に社会人になり様々な成功や失敗を繰り返しながら50代、いや60代になってか、やっと社会の一端を知れる程度のもの
学校の目的は無限にあるそれぞれの進路の中で、社会人として生きていくための基本的な"自立の素地"を作ることであって、
崇高な理念の元、この基礎基本が疎かになり、自立の素地が危うくなってしまった。
すなわち自立する、そのために色々考える頭を養う、それが基礎教育だと思う。
「ゆとり」という言葉の語感に寄りかかって自分の主観を吐きだしてるだけじゃねーか。 「社会で生きていくための知識を若い頃に詰め込み」しまくったトップランナーが、自分の頭で...