2014-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20140322043114

リアルに死のうと思っていたのは、2010年1月、実家に帰るのがこわくて、オフィルの高層階、寮の近くの団地、探してさまよった。実家の近くの大学の高い塔に登って地面との距離、衝突時の衝撃を目測した。

上野まで来て、遠くまでいこうとして、頭が朦朧とした。昔住んでいた日暮里の近くから舎人ライナーに乗り、ホームセンターで、サンポール硫黄を買おうか、ロープを買おうか、非定形で死のうか、定形で死のうか。

ドアノブにロープを引っ掛けて、吊るのは簡単だった。2chのスレを見て、探していた。自殺の値段をジュンク堂で汗を垂らして立ち読みした。バスのりばまで来て、高いビル、人の迷惑にならない場所を探した。

今は死なない。死なない。親に生きてほしい。姉に生きてほしい。俺も俺じゃないだれかとして生きてほしい。ダラダラいきたい。しっかりいきたい。

死ぬことをしていないから、あの時必死に止めてくれた、入院する親に対して何かできるかもしれない。

死ぬことをしていないから、あの時殴られた姉の子供に会えるかもしれない。

俺は恵まれれているのかもしれない。人生は辛い。

かなり、持道具をそろえないと、やっていけない状態に否が応でも追い込まれる。

でも、やっぱり死なないでほしい。日本社会はえらい辛いから。。。

本当にやっていくのは辛いんだけど。俺に相談してくれ。

記事への反応 -

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん