もう10年以上も前、まだ私が小学生だった頃、母親が目の前で万引きの現行犯として捕まった。
その日私と母は、親子料理教室の体験レッスンに行った。レッスンは楽しかった。帰る途中、ドラッグストアに立ち寄った。
10分だったか20分だったか、棚に陳列された商品を見ながら一人でぶらぶら歩いていると、「帰るよ」と言って母が寄ってきた。えらく早足だなと思ったことを覚えている。
ドラッグストアを出るか出ないかのうちに、並んで歩く私たちの後ろにおばさんが一人ぴったりと付いてきていることに気がついた。おばさんは母の耳元で何かぼそぼそ言っている。
その内容は私には聞こえず、おばさんがただ怖くて、母と早く家に帰りたい、と思った。
記憶の中の私はその次の瞬間、狭い部屋でソファに座らされていた。茶色い皮張りのソファ。向かいにさっきのおばさんとは別の女性が座り、私に質問してくる。
「今日はお母さんと何してたの?」「お母さん最近どうしてる?お父さんとは仲よくしてる?」など。
わけが分からないまま、私は質問に答え続けた。怖かったけど、素直に答えていれば早く帰してもらえるはずだと信じていた。
しばらくすると女性は私を隣の部屋に連れて行った。その部屋には母と、怖い顔をしたおじさんが数人いた。母は椅子に座らされ、泣き腫らした目をしていた。
母の周りをぐるりとおじさん達が取り囲んでいる。
「きみももう大きいから分かると思うけど、」おじさんの一人が私に話しかける。
「お母さんも反省してるみたいだからね、気をつけて帰りなさい。」
私は小学5年生でたしかに10歳にはなっていたけど、何が起こったのか分かってなどいなかった。
母は私の肩にすがりついて「ごめんね、ごめんね」と泣き続ける。初めて見る母の姿にうろたえながら部屋を見回すと、机の上に化粧用の小物が二つ置いてあった。
それが何だったかは覚えていない。ただそれを見て初めて、「お母さんは盗みを働いたんだな」とぼんやりした頭で思った。
車内でも母は私の肩で「ごめんね、ごめんね」を繰り返した。タクシーの窓から見える曇り空とぐっしょり濡れていく自分の肩を、ひたすら不快に思った。
何事もなかったかのように次の日は来た。私はこの出来事を家族にも友達にも話せなかった。もちろん母ともこれについて話してはいない。
この10何年、母との外出を楽しめたことはないし、折に触れて母が贈ってくれるプレゼントは、全部汚らわしいとしか感じられない。
どうしたらいいのか、ずっとずっと分からずにいる。