2013-01-23

いちごタルトレシピ教えろください

 四年ぶりに恋人ができた。

 すっかりお一人様にもなれて、ひとりであちこち行くのも苦にならない。そこに一人が加わっただけだと思っていた。僕たちは独立した個人で、手を繋がなくても歩いていくことはできるが、あえてつなぐことで関係性を意識しているのだと思っていた。ふたりともほとんど三十歳だ。十代のような恋はしないし、きっとできない。

 数日前、会社で少し嫌なことがあった。慣れていることではある。小さな、人間関係の摩擦。それがいつまでも続くと心が疲弊していくのがわかる。一人でいるときはその疲弊に気づかないふりをして、気づいたときは美味しいものを食べたり、一人でゆっくりと空を眺めていたりした。それで、心は癒えると思っていたし、実際うまくやれていたのだ。

 でも、僕は君にそれを話した。なぜだか話したくなった。恋人に少し甘えたい気持ちは確かにあったけれど、軽い愚痴のつもりで口にした。だというのに、相槌と憤慨してくれる君の声が耳を刺激して、舌が思ったより動いた。君は怒った。そんな理不尽な扱いを受けるなんておかしいけど、でもバカなやつはどこにでもいる。流して気にしないのが一番だ。でも腹が立つね。

 全く、それは僕がいつも一人で自分にいいきかせている言葉だった。僕はちょっと笑って、それからちょっと泣いた。

 恋人という関係になるというのは僕の心の一部を預けるという行為にほかならないのだった。僕もまた心の一部を預かり、僕の中で君の心が揺れるたびにかすれたかすかな音を立てる。君が僕に向かって投げかける言葉の中で僕の心が揺れている。君の言葉の中に含まれる怒りかあるいは共感は、僕の心だったのかもしれない。僕が君に話そうと思ったのは、君の心がそう思ったからだったのかもしれない。

 美味しいもの食べて忘れようと僕は言う。何か週末に作ろうと思ってるんだ。せっかくだから苺がたくさん乗ってる大きなタルトいちごタルトは君の好物だ。店に行ってもどれだけいちごタルトが素晴らしいか朗々と、しかも理路整然と説明するくらい、大好きだ)作るよ。お店でも食べれないやつだよ。一人で全部食べちゃだめだからね。そして僕は笑ってありがとう、と付け加える。

追記:「傘をひらいて空を」の中の人じゃありませんw凄くファンですけど!

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん