「3月のある晴れた日の夜、100パーセントとは程遠い女の子に出会うことについて」
3月のある晴れた日の夜、100パーセントとは程遠い女の子に出会う。会うのはこれが初めてというわけではない。かれこれ1年前ぐらいから、二人はよく会っていたのだ。もちろん、会っているといってもお互いを知っているわけではないから、話しかけることもない。午前中によく行くいつものカフェで、だいたい同じ時間に同じテーブルでよく会うだけ。二人はどうもお気に入りの場所が同じらしく、いつも椅子を並べてる感じになってしまっていたために、存在自体は知っているぐらいのことだ。だからしばらく会っていなくても、会っていないという認識すらない関係だ。
そんな女の子と、久しぶりに、いつも会っていた時間とは違う夜の時間に出会ったのだった。
彼女が座ったのはいつもの場所で、仕草や後ろ姿からみてすぐいつもの彼女だとわかった。実のところ、顔を面と向かって見たことがないので、どんな顔をしているのかを僕は知らない。横顔や後ろ姿をちらっと見るにロングヘアで、細面の美人系のタイプ。服装だって今時の女の子みたいにそれなりにおしゃれだと思う。歳とかはわからないけど、まだ会社に入社したてかそれぐらいの感じだ。
でも、はじめて見かけた1年ほど前からなにも変わっていないのだけれど、仕草にやたらと垢抜けてないというか、可愛いな、と思える仕草と正反対なのだ。いつも見かけるのは午前中だったけれど、仕事で疲れたあとに来ているのか、テーブルに胴体を投げ出して、突っ伏しているし、足元も靴を半分、脱いでいる感じで、かかと丸出しでだらんとさせている。寝ているのだからじっとしているのかと思いきや、常になんとなく落ち着かない感じで身体を揺らす。眠りから覚めたのかと思ったら、両腕をいっぱい上にあげて大きく伸びをする。トレイの上においてある、買ってきたカップだって、くしゃくしゃレシートやら使いかけの紙ナプキンとかと一緒に無造作に放り出してあるのだ。
それでも僕は、久しぶりに会えて少し嬉しかった。嬉しかったというかなんというか、なんだか気になってしまったのだ。そして向こうもこちらの存在に気がついたようで、なんとなく気にしている感じがしないでもない。どうも彼女も僕の顔を見てみたいのか、先ほどから何度か、ちらちらとこちらを見ているような気もする。
隣の席が空いた。朝、よく見かけたときは、僕がいつも座っていた席だ。席を移動しようかな。そこまでするのはさすがに不自然だ。でもそうしたい気持ちがあるのも事実ではある。隣のいつもの席におもむろに移動したとして、そこで僕は声をかけるのだろうか?声をかけるとしたらどうやって声をかけるのだろう?
突然、話しかけられたら、向こうはびっくりするだろう。そして、2,3の軽い受け答えはあるかもしれないけれど、その後、特に何を話しすることもなく、沈黙が流れ、気まずくなって彼女は帰ってしまうだろう。本当はもっとゆっくりしたかったはずなのに。そしてもしかしたら、いつもよく見かける時間帯も、僕がいることで、来づらくなってしまうかもしれない。そんなことになったら彼女からこのお気に入りのスペースを奪ってしまうことになる。そんなひどいことを僕はしたくない。
100パーセントとは程遠いけれども、そんな彼女の仕草を意識するでもなく眺めていると、仕事頑張ってるんだろうなとか、飾り気のない人だなとか、そんな彼女の人の良さが想像されて、なんとなくほっとするのだ。