2024-01-29

anond:20240129173305

福沢諭吉は真面目なフェミニストから大酒飲みではあったが全く女遊びはしなかった

28歳(実質26歳)で結婚するまで童貞だった

諭吉は1歳で父親を亡くし、金は藩が出してくれたが母親が1人で苦労して5人兄弟を育ててくれたのがフェミになった一因だろう

キリスト教女性蔑視の教えを含むから否定しているが、キリスト教国に見られる一夫一妻は理想であるという

彼は「一夫一婦・偕老同穴(かいろうどうけつ)」と唱え、妾を持たず夫妻は一対となって生涯共にいるべきだと主張した

妾を持つことは「獣欲の奴隷であるとした

明治維新後は一時期より妾を持つことがブームとなり、妾を持つ=古い慣習、ではなく「自由恋愛、むしろリベラル」な雰囲気さえあったが逆らっていた

蓄妾(ちくしょう)届けという響きがやばい制度などにも反対表明していた

当時は妻のことは名前呼び捨てするのが普通だったが「お錦(きん)さん」とさん付けだった

本人の性格もあったかもしれないが、お錦さんの家の方が金持ちでありいわゆる下方婚してくれたので頭が上がらなかった説も

諭吉フグが好きだったけどお錦さんがフグ毒で死ぬかも知れねえだろと禁じたから食わなくなったとか

それでもお錦さんの方が10歳ぐらい若いし(実質16歳で結婚したことになる)、当時の当たり前のこととしてお錦さんは諭吉玄関まで送迎したりしていたが、

諭吉フェミなので外出など1人でできるからそんなことやらんでよいと止めさせたという

夫妻の間には子供が9人

9人もいたらスケベではあるかもしれない

育児にかなり熱心であり、毎日9人に別の小話を書きしたためて読ませた

諭吉は「女性参政権の話は置いといて、まず女性が自活できるよう働ける環境もっと必要だよね」的な発言をして

参政権を後回しとはアンフェだろ」と炎上したり、

娼婦は「人外人」として徹底的に恥ずべきものだと扱ってまともな仕事転職させろ、と言って炎上したりもした

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