2024-01-13

ジャンルや規模に関わらず「誰か」と「ファン」という構図が生まれた時、結局タイプも様々でどれだけ配慮したとしても許容できない人はい文句言われるんだからどうにもならないよな

完璧なんかないよ

その人が嬉しいことを嬉しいと言って

ありがたいと思ったことにありがとうと言っただけでも受け手の思い通りでなければ勝手失望されてしまうこともあるなら

何も言えなくなってしまいそうだ

新しい活動を発表したり

人生の新しい展開を迎えたり

今の活動をやめることになったり

肯定する必要はないし物分かりの良い人である必要はないけれど

嫌だと思う気持ちを吐き出すのは悪いことではないけれど

受け入れられないことは攻撃して良い理由にはならないし

言葉場所は選ぶべきだと思う

夢を与える存在かも知れないけれど

理想通り思い通りに生きる存在ではないよ

こちらが許容する範囲でだけ幸せになれ」というのは無理だよ

例えそれが無意識でも求めるもの全て与えられるのは難しいよ

理想というのは一方的

どれだけ理解しているつもりでも分析考察をしてても

こちらが知っているのはその人の一部であって

その人の人生はその人のものであって

「誰か」と「ファン」のどちらが優位とかはないけれど

ファン」の思い通りの範囲しか生きてはいけないように扱われるなら

「誰か」はいなくなってしまいそうだ

いろいろむずかしいね

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