2022-05-15

収監される前日

もう今日しかないと気づいたのは今日、起きてから自由に動き回れて、いろんな用を足せるのは今日しかない。明日の朝になったら警察から迎えが来て、車に乗せられる。

なんとかこの状況を逃れる方法はなかったっけ、と布団の中で考えた。が、考えれば考えるほど、もう逃れようがないとわかるだけだ。自分がした、取返しのつかないこと。それが何か、はっきり思い出そうとすると、急に頭に霧がかかったみたいになって、思い出せない。でも、それに見合った刑を受けなくてはいけないことはわかる。罪悪感がすごくて吐きそうになる。

今日しかないなら、いちばんやらなくてはいけないことは何だっけ、と思うと、ますますからなくなって、焦る。全部はできないのなら、やることを決めないと。そもそもいちばんやらなくてはいけないことは何だっけ? と思考がぐるぐる回って、腹の底がチリチリしてくる。もうすぐ昼だ。

まず連絡。職場に。しばらく休ませてください。明日から収監されるので。そんなこと言えるか。いや、もうやめたんだっけ、やめさせられたんだっけ。しばらく行っていないので、どっちだったか、はっきり思い出せない。ロッカーに入れっぱなしのマグカップとか、キューピーコーワゴールドの瓶とか、もう誰か捨てただろうか。

明日から何の自由もきかないとか、本当にあり得ない。行きたいところに行けない。連絡したい人に自由にできない。外に出られない。明日からどうやって生きていくのか、なんにも想像できない。人生ここで終わるんだという実感が足の方から上ってきて、また吐きそうになる。

あとのことをいろいろ頼んでおかないと。家族に。いろいろ。でも何を? そもそも、頼んだからってやってくれるだろうか。自分収監されることを知られたのか、そういえばいっさい連絡がない。こっちから連絡をするのも気まずい。

明日からもうこの部屋に住めないなら、片付けておかなくちゃいけなかったのでは。気づいても遅い。クローゼットはぐちゃぐちゃで、洗濯物もかごに溜まっている。冷蔵庫には今日使いきれない生鮮食品がいっぱい入っている。今考えてもどうしようもないけれど、自分が出ていった後に、これは誰かが片付けるんだろうか。

どうしても伝えたいことは伝えておかないと、一生後悔する人。そういう人に絞って、連絡する。たとえば、この前会って、最後には少し手もつないで、きっといい感じだと思っていた人。あの人。でも何て? 自分は未練が残っても、収監されることがばれたら、そもそも相手になどしてくれないだろう。でも、ほんの少しでも可能性があるなら、それに賭けて、伝えたい。LINE。しばらく遠いところに行かなくてはなりません。でも本当はもっと会いたかったです。もし待っていてくれるのなら……未練がましい。もっとかんたんに。さよなら。また会いたかった。これで何が伝わる? いいや、もう送った。

もう昼過ぎ。腹の具合がおかしくてやたらと焦るのは、たぶん腹が減っているせい。最後ぐらい、なにか食べたいものを食べたい。そういえば、最近テレビでやっていたあの店。コーラで肉を煮て、スープコーラが入っているらしくて、やたらと黒いラーメンを出す店。以外に近所だったから。

ラーメン屋は思ったより空いていた。スープテレビてみたとおり黒くて、真中白髪ネギたっぷり載っていて、チャーシューはすごく柔らかかった。店を出た瞬間、次にこんなラーメンを食べられるのはいつだろうと思ったら、歩けなくなった。

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