2021-03-11

無題の追悼

木走正水さんがお亡くなりになった。

今はもう廃刊となったJANJANデビューしたのは2002年か03年頃でしたでしょうか。

はてな活動の場を移されてからも、ご縁があって、いくつかご意見を交わさせていただきました。

時にはちょっと熱がこもってしまたこともありました。時に本当に失礼なことも言いました。申し訳ありません。

懐かしく思い出されます

僕のほうは、Bewaadさんがブログをおやめになった2010年から

自分ブログにも実名を詮索する動きが活発になってきたこともあり、うんざりして

自分自身もはてなダイアリでの発言を控えるようになっていました。

2000年代初頭、JANJANは、創成期のネット言論空間を多少なりとも担っていました。

JANJANは、実名匿名のはざまで安定した言論空間確立できず、数年で消滅してしまいましたが、代わりにはてなが登場し、

匿名ブログという媒体に期待を抱かせるようになりました。

その原点は、JANJANでの体験があったからです。

しかし、僕の中で、市井の人ネット空間で発信していこうという熱い思いは少しずつ変質していき、

いつしかすっかりなくなってしまいました。

はてなとの付き合いも、はてブガス抜きするだけになり果て、そのことに気が付いたときに、

ついにはそれもやめてしまいました。

ブログからフェイドアウトし、平穏な日々を送りながら、木走さんがアゴラでご活躍になっているのを時折、拝見していました。

ある日、木走さんの記事のなかのふとしたヒントから、木走さんの素性に気が付いてしまいました。

意外なことに、実世界人間関係仕事につながりがある人だったので驚きました。詳しくは書けませんがニアミスどころの話ではありませんでした。。

木走さんのほうは、多分ぼくの存在には全く気が付かなかったと思いますが。。

なので、その後は、木走さんの実社会での環境の厳しい変化も風の噂程度に耳に入るなか、

記事を拝見させていただいていました。

訃報を受けたときに、思い出したのは、JANJANの頃のフレッシュで熱い木走さんです。

そのことを懐かしく思い出すのが、ぼくにとっての木走さんへの追悼です。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん