2020-07-09

父とサボテンと私

私は園芸が嫌いだった。

いや、おそらく……嫌いだったのは父で、園芸には興味がなかった。

父が大事そうに育てている花たちに興味が持てず、どの株も同じようにしか見えなかった。

から最初から農園を継ぐつもりもなく勉強に打ち込み、そこそこいい大学に行って実家を離れた。

それから10年間の間に私は園芸に触れず、父の農場が今どうなっているかにも全く関心を示さなかった。

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ある春の日の仕事帰り、ふと100円ショップでミニサボテンが売られているのを見つけた。

連日の激務で疲れ果てていた私は売れ残っていたのであろう萎びたそれに同情し、自身の安アパートの部屋に連れて帰ることにした。

ベランダの室外機の上に乗せ、たっぷりと水を与えてやる。

「生き延びろよ」と声をかけ、俺も頑張るからと心の中でつぶやく

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しばらくたったある日、異変に気付く。

サボテンが明らかに一回り大きくなっている!

よくよく見てみると肌にツヤがあり(水を吸ったのだろう)、新しいトゲが頭のてっぺんから生えてきている。

なんだか嬉しくなってしまい、その日は滅多にしない晩酌をした。

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一人じゃ寂しかろうと思い、ホームセンターから別の種類のミニサボテンを連れ帰った。

サボテン入門の本を買い、よく育つよう黒のプラ鉢に用土肥料も用意した。

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まずい事実に気付く。ベランダが北東向きで日照時間が足りない!

このままではヒョロヒョロな姿に間延びしてしまう……

サボテンの数は既に10を超えていた。

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南向きのマンション引っ越した。

職場からは少し遠くなったが、ベランダは広くなった!園芸スチールラックも買った。

これでいくらでもサボテンの数を増やせるぞ、とほくそ笑む。

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また春がやってきた。

希少なサボテンの種を購入した。多肉植物コーデックスの種にも手を出した。

パキポディウムアデニウムアガベユーフォルビア……

種まきポッドで一気にベランダが狭くなった。

種まき後の生存率は5割……初心者にしてはまあまあなのではないか

日ごとに成長している姿を見せるサボテンの苗たちが愛おしい。

つのまにかそれぞれのサボテンたちの顔色が少しわかるようになっている気がした。

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婚約した。

婚約者を父に紹介することになり、日程調整のため久々に電話で父と会話した。

今はもう花は作っておらず、野菜栽培しているらしい。

インスタやってるよと言われ、写真を見てみる。

ふむふむ、スイカイチゴ……ん?サボテン

「父さん、このサボテンは?」

農園の空きスペースで育ててる俺の趣味

「え、初耳なんだけど……」

「昔は少しだけだったけど、今は農園区画が余ってるから趣味のものを増やした」

さらにインスタをスクロールすると食虫植物やら蟻の巣玉やら……まあい趣味だこと!

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私は園芸が好きだ。

初めて手に入れたサボテンはもう二回り以上大きくなった。

父が大事そうに育てている野菜たちの表情も、今なら少しはわかる気がする。

父のことは……まだ少し嫌いだが、次会う時にはもうちょっとだけ好きになることができるんじゃないかと期待している。

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