2018-12-13

民主主義

https://globe.asahi.com/article/11530020

思うに、民主主義を素晴らしいと思えるかどうかという問題は、他人(もしくは大衆)の理性や道徳を信用できるか、という点につきるのではないか

もし、他人の理性や道徳が信用に足るならば、投票によって選出された政党政治家を受け入れることができる。

そして、選出された政治家の理性が十分なら、独善的政策ではなく、野党とも議論を交えながら政治を行うことができるだろう。

当然、野党となった政治家の理性が十分ならば、建設的な反対意見与党側との議論により、いわゆる少数意見をある程度なりとも反映する政策与党側に提案し、説得することもできるだろう。

これは理想

だが、現実的にはそんなことは成り立たない。

政治の場面では、例えば与党他者意見に耳を傾けず独善的な動きをすれば、野党側もヒステリックに反応することで、その対立時間を経るごとにエスカレートする。

他国のことはわからないけど、少なくとも日本では上述のような理想絵空事だ。付和雷同の傾向が強く、議論が成立しない日本人にそのような理想ができようはずがない。

戦前政友会民政党対立戦後政治史を見れば明らかだ。

そんな歴史的なことを言わなくても、Web上でも片方が極論ともいえるような内容を声高に主張し、他者ヒステリックに反応するか、無視をするという光景はよく見る。とくに現在は、Webなどの発達により意見を主張するハードルが下がっているから、そういう光景が多くなり、両者の間の溝は大きくなるばかりである

Webの発達した現在では、そのような他人との精神的な溝を自覚やすくなっている。つまり他人の理性や道徳を信用しにくくなりやくすくなっているのが、現在なのではないか

現在のような状況では、民主主義に対する疑問が出てきてもおかしくはないと思う。とはいえ他者意見軍事的に潰すような政治形態は論外だ。

結局、チャーチルの言う通りで、民主主義嫌悪感を持ちつつも民主主義を支えていくしか、道はない。

  • 人類は愚かなので民主主義は不適格 人類の上位種による適切な統治が求められる AIによる賢政が第一候補だが、それを作るのも人類だからなあ やはり宇宙人がコンキスタドールとなりて...

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