2014-07-23

おかあさんの生きた痕跡は膨大すぎる。

唯一、俺のことを心配してくれたおかあさんが死んだ。

危篤電話があってから時間くらいで、死亡の電話を受けた。なすすべもなかった。

おかあさんの死に目には、会えなかった。最後に、俺に言いたいことも聞けなかった。

おかあさんは、つねに裏方で尽くしてくれて、俺を叱るとか、諭すことはなかった。

自分の欲求を一切口にせず、常に家族へ黙々と尽くしてくれたおかあさん。

ごめんね、俺が手術をする判断をしなければ、今もお父さんといつも通りの生活を送っていたんだよな。

おかあさんは、俺の判断にも文句ひとつわず、病室で朝ドラをいつものように見て、手術室に運ばれたよね。

あの朝ドラが、おかあさんにとって、最後テレビになったんだよね。

たぶん、続きがきになってたんだよね。テレビカードも、あと300くらい残ってたもんね。

おかあさんは、いつも俺のことを、あんまり見なかったよね。最後になった時も。

おかあさんは、最後まで自分のことは最後にしたよね。

こうなるって分かってたら、説教して欲しかった。せめて手紙でも書き残しておいて欲しかった。

俺は、おかあさんの遺志を受けるができなかった。

俺が帰郷し家に着いた時には、おかあさんは、家で布団をかぶって寝てた。

顔のベールを上げると、やわらかい、あのおかあさんの顔だった。

しかけても、お母さんは何も反応しない。冷たい体をゆすっても、おかあさんは目を覚まさない。

「おかあさん」と呼びかけても、おかあさんは全く反応しない。

実家には、おかあさんの仕掛りがたくさんある。台所や洗濯場、風呂場、化粧台、歯ブラシ、ぞうり、くつ、服、買って封のあいてない下着、

冷蔵庫の中に親父のために用意してあった冷凍物、

台所洗剤やトイレットペーパーの買い置き、しょうゆの中にある昆布、買って封の開いてないオリーブオイル

挙げると切がないほど、おかあさんの生きた痕跡は膨大すぎる。

おかあさんは、文句1つ言わず苦しんだあげく、死んでしもた、

おかあさんは残る親父が一っ番心配だったと思う。おかあさんが入院する前に、親父が毎日着る服を衣文掛けにずらっと掛けてたし。

おかあさんが死ぬって、想像以上にダメージが大きい。

もっと孝行したかった。悔いが残る

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