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はてなキーワード: 文化とは

2024-06-01

anond:20240601110639

そもそも淫夢由来じゃなくてbiim由来。

RTA文化は100年後にはオリンピック競技化され、教科書にも「RTA配信における標準的な画面配置はbiimシステムと呼ばれていますbiimニキはホモであり、淫夢音声を多用しながらRTA動画配信したことでも知られています」って書かれているから。

お前は根本的な勘違いを2つもしている無能

100年後にbiimニキが教科書に書かれ、若きホモたちのオカズにされるのは確定的に明らか

老若男女問わずガバガバ計画見積もりの精度が極めて低いという意味で)」を使うからビビる

語源に対して頓着がなさすぎるだろ。

俺としては淫夢由来の言葉を使うこと自体が人としての恥だと思うんだけど、平気で使うよね。

同性愛差別著作権違反が混ざりあった文化圏表現なんて俺は口に出したくないんだけどなあ。

今使われている「ガバ」に当たる表現が他にないならともかく「荒い」「雑」「杜撰」「適当」「緩い」「拙い」「嘘(無自覚の)」といった表現いくらでもあるなかであえて「ガバガバ」という意味があるのかと。

こういう話をすると「じゃあキリスト教徒は「利益」も「挨拶」も「旦那」も使えなくなりますねw」みたいに揚げ足取ってくるような奴がおるんやけど、そういうレベルの話ではないじゃん淫夢は。

たとえば歴史文化教科書淫夢が載ることが今後あると思う?

25世紀の教科書に「インターネット初期の文化紹介」として「当時、ニコニコ動画では真夏の夜の淫夢シリーズ違法視聴してコメントを書き込むのが流行っていた」みたいに画像付きで紹介される可能性が0.0001%でもあると思うか?

ないだろ流石に?

そういう恥ずかしい文化なんだよ淫夢ってのは。

からやめろって。

うおおおおおノベルス雑語りしたくなってきたー!!!

ノベルスがライトノベルか否かって言われたら雑なノベルス語りをしたくなってきたぜ!!!!!

ということでしていきます

ライトノベルノベルスの違い

そもそもライトノベル」と「ノベルズ」を分ける定義の人たちってのは昔から連綿と存在していて、例えばノベルズって言うとどういうものかっていうと以下のようなレーベルです

等々……

さて、ライトノベルとどう違うの?と言われると、ものすごい簡単にいうと「文庫新書か」という分け方になる

ライトノベルは主に「文庫」で書かれているレーベルを指すことが多く、ノベルズは「ノベルズ版(新書版)」と呼ばれるちょっと細長い感じの本で二段組で書かれているものを指す。

違いはそれだけか?と言われるとまあそれだけなんだが、もうちょい踏み込むにはノベルズの歴史を知る必要がある

1950年代ごろだと、そもそも日本における新書サイズの本と呼ばれるものは「岩波新書」に代表されるお堅い学術書が主だったもので、それに対して光文社が「大衆向けのもうちょいわかりやす教養レーベルを作りたい」として作ったのが「カッパ・ブックス」と呼ばれるレーベルになる

(余談だが著者近影という文化を始めたのもこのレーベルが初らしい)

で、そこから姉妹レーベルとしてフィクション物語を扱う「カッパノベルス」が創刊された。

カッパノベルスは松本清張西村京太郎小松右京など書いた日本ミステリSFエンターテイメント小説に多大な影響がある作品を出して大ヒットを飛ばした。

それを見た他の出版社もこぞってノベルレーベルを立ち上げてそれぞれのレーベル作品を発表していった。

これが大体1960年から1980年くらいにかけてのものすごい大雑把な流れで、ライトノベルより早い段階で日本エンターテイメント小説ノベルズは多大な影響を及ぼした

特にミステリファンタジージャンルに関してはこのノベルズの影響度が尋常じゃないほど高く、ミステリだとカッパノベルスや講談社ノベルス、ファンタジーに関してはC★NOVELSなどで有名作品が数多く存在する

ライトノベルノベルスに含まない人の意見

じゃあ、なんでライトノベル定義論でノベルズ含む含まない論争になるかというと、ここからは若干雰囲気ベースになるが「出自ターゲット層」じゃないかというところになる。

ノベルスは刊行されているものを見てみるとわかるが結構ターゲットの年齢層が高い。ぶっちゃけサラリーマンとかそっちくらい向けの作品群が多いのだ

この辺りはレーベルの当初から社会派ミステリ松本清張などを使っていることからも伺えるだろう

内容としてもハードボイルドや伝綺小説などが多く、いわゆるエンターテイメントの中でも硬派でおじさん主人公のもの結構多い

対してライトノベルというものは、ジュブナイル小説と呼ばれるいわゆる青少年向けの文化に影響を強めに受けていて、ターゲット層的にも青少年ないし大学生くらいが主だったターゲット層になる

この辺りの歴史的経緯から来る文化圏の違いみたいなものが、「含まない」という人たちが多い理由ひとつだろう

ライトノベルノベルスに含む人の意見

では逆に、「含む」派閥がなぜいるのか。というと、そもそもノベルズの歴史を見てもカッパ・ブックスの成り立ちからして、「大衆向け」でありエンターテイメント小説の土壌としてあったのはここまで話した通り

で、ライトノベルも言ったらエンターテイメント小説の集合の一部なわけで、まあ内容的に近しい作品が多いからだ

この辺り、時代を経るにつれライトノベルノベルスというのは似た成長を遂げた経緯を歩んだところがある

ライトノベルは様々な近傍文化漫画アニメゲームジュブナイル小説)をごった煮でまとめていったというのだけれども、

ノベルスは時代が経るにつれて対象である大人たち」の変化を受けて、アニメ美少女ゲーム文化さらにその近傍文化を取り入れていき、ライトノベルと似たような変遷を辿っていった

特にこれらを取り入れていったのが、講談社ノベルス(及び講談社BOX)とC★NOVELSである

講談社ノベルス(BOX)で言うと、西尾維新奈須きのこ佐藤友哉など

C★NOVELSで言うと、茅田砂胡多崎礼

あとはどちらにも書いている森博嗣京極夏彦などなど……

上記作家たちは、ご存知の通り小説もさることながら、アニメゲーム漫画などにも多大な影響を与えていった(というか奈須とかに関してはゲームそもそも出自ではある)

これらの作品群は内容的にライトノベルでも出ていてもおかしくない作風のものもあれど、ノベル刊行になっている

また、ライトノベルにおいても、「C★NOVELSで出てそう」「講談社ノベルスで出てそう」みたいな作品結構ある

個人的には紅玉いづきさんとかはわりとC★NOVELS風味かなと思ったりもする)

実際「ブギーポップシリーズ上遠野浩平講談社ノベルスで「殺竜事件」等の「戦地調停シリーズ」を書いているし、ラノベ出身作家ノベルスレベルで書いている例も多い

まとめ

こういった経緯で位置としてはめちゃくちゃ近い位置にあれど、しかし、ノベルスをラノベに入れるか?みたいなのがとても別れやすい、という妙な性質がこの二つにはある

個人的には、まあ歴史的経緯もあるし、レーベル史観でいいんじゃね?という意見なのでノベルスはノベルス、ライトノベルライトノベルでいいかなあと思っている

ただここまでの歴史的経緯を踏まえても、現状似ている作品群も多いというのはあるので、含める気持ちもわかる

なので、もし今後議論する際には内容派閥レーベル史観派閥かの宣言くらいはしてもいいんじゃねえかなあと思う

ただそれはそれとして、ノベルス、ライトノベル双方に面白い作品はたくさんある

ノベルスが好きな人も、ライトノベル好きな人もそれぞれお互いに合う作品結構あるので探してみるのもいいのではないだろうか

女は正義大事にしないってマジ?

結構老人に席を譲る女の人見るし

大相撲で倒れた力士の救助に入ったのは女性だったよね?

しろ女性の方が助け合い文化で生きてると思ってたんだが…

都会の若者田舎には何もないという

田舎年寄りは都会だとすることが何もないという

生活から遠く離れたところにある文化なんかになんの価値がある?

anond:20240531165010

人間世界において再生産ってひとえに出産を指す

出産しない限り人間再生産されようがないし人間再生産されないならば当然に人間文化再生産されない

さて東京を考えるとクソアホみたいに人がいる割に全く子供が生まれず激烈に少子化してるから東京でその「再生産」は行われない

それでも東京から人が居なくならないのは、地方が産んだ子供東京に集めているうえ、その後、子供を産ませずに人生を終えさせる(その間労働させて上前を撥ねる)からであり、

大きな視野で考えると人類を「再生産」せずにむしろ集約・殺害していく緩やかなアウシュビッツとさえいえる

人類再生産されずに集約殺害されていく土地では、当然に人間文化再生産されることもない

まり文化資本でいうなら、東京がやってることは資本運用・増幅・再生産の手助け、ではなく、消費あるいは浪費

穀潰しクソニートみたいなものである

anond:20240601021611

ほぼ素人ばかりのスタッフを割り当てたCPらの狡猾さと、作家絶望が感じられる

主演などのメインキャストキャスティング脚本家制作会社の選定など大枠の

体制は、CPチーフプロデューサー)とP(プロデューサー)で協議する。

日テレCP三上絵里子. P大井章生、田上リサ

日本映画テレビプロデューサー協会理事三上が芦原を潰したわけか

人事裁量権で人を死なせる組織ゴロゴロあるし裁判所と同じだな

ベリーダンスのごとき中東文化を広める石油派・原発反対派は、原発大臣正力松太郎東電の敵だと

彼らは爆発させたいほど原発が好きそうだから原発審査イスラム教徒はよくよく気を付けないとな

anond:20240531011037

そこから2010年代に入るとシロクマの屑籠、はてな村定点観測所といったブログの中でも使われだす。

2000年代の「ファスト風土化」と言われていたのを文化面に着目して再構築したはてなブロガーたち。

偉いぞ!

2024-05-31

anond:20240531210939

ハッキリ言って、日本でいうバブル昭和時代レベル文化基準に考えられた概念をありがたがって、プルデュー()とか言ってる人の時代遅れ半端ないよね。

いや理系普遍的科学理論を基に語るなら理解できるけどさ、昭和文化的な価値観現代に通じるわけないじゃん。

ただでさえポリコレだとかフェミニズムでもインターネットでもいいが文化への価値観正反対になったりしてるわけで

80歳のジジイが「現代文化なんてけしからん」って言ってるのと変わらないんだけど、

アップデートできない老人増田には難しいんだろうな。

東京文化資本の話がムカつく理由

あれは厳しい税を課して自分たちを苦しめている領主に貧しさを馬鹿にされる農民気持ちなんだよ

結局文化資本かいものは、消費者が支えてるんだ

コンサートやっても客が来ないと成立しないし

絵を飾っても見る人がいないと何にも意味がない

消費者が多いとニッチ商売も成立するから文化に広がりも厚みも出るよね

東京文化資本は素直にすごいと思うよ

それは消費者ものすごく多いから当たり前だよね

地方から若者流入し続けてるもんね

から文化は発展するし仕事もどんどん増えるよね

じゃあ地方は?

若者を吸い取られ続けて市場は小さくなるし文化も発展しないし人が減ってどんどん衰退してんだよ

その状況で東京には地方と違って文化資本があるとか言われたらムカつくだろ

ムカつくんだよ

別に地方暮らしに不満を持ってるわけでも東京に憧れたり嫉妬したりしてるわけでもないんだよ

なんなら、東京の方が仕事いから、地方でそれなりの収入が得られる仕事探すより東京仕事探す方が簡単なんだ

それでも東京に住むのなんて嫌だから地方仕事見つけて地方面白おかし暮らしてんだよ

でもムカつくんだ

地方を食い物にしてる癖に地方馬鹿にするから

地方から吸い上げた若者養分にして築き上げた文化資本とやらで地方を殴りにくるから

東京文化資本がすごいことは認めるから地方馬鹿にすんのはやめろ

ムカつくから

それは地方を衰退させることで、地方犠牲にして築き上げたもんだってことは理解しろ

anond:20240531202216

「水に落ちた犬は打て」は、中国作家であり思想家でもある魯迅が「既に打ち負かされたがまだ降参していない悪人(敵)を更に追い打ちをかけてやっつける」という意味で使った言葉です。

この言葉中国では「打落水狗」と言われ、中国の古い故事「不打落水狗」(水に落ちた犬は打つな)を逆にしたものです。

しかし、この言葉朝鮮半島でも広く使われています

そのため、「水に落ちた犬は打て」は中国起源言葉ですが、韓国でもよく知られていると言えます

ただし、この言葉がどのように解釈され、どのような文脈で使われるかは、文化や個々の理解によります

トマ・ペラール Twitterやってんのかよ グラビア👙なし

パリ在住フランス人研究者が「日本語起源」を追究する理由文字なき時代の古(いにしえ)の姿はここまでわかった! - 社会 - ニュース

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/wpb.shueisha.co.jp/news/society/2024/05/28/123352/

日本語は、大昔はどのような姿だったのか? 文献の記録がない時代はどんな発音で、どんな単語があったのか? そんな疑問に答える本が出た。

それが『日本語琉球諸語による歴史比較言語学』だ。

われわれが話す日本語祖先の姿に迫る画期的方法をまとめたこの本の著者のひとりは、なんとパリ在住のフランス人、トマ・ペラール氏。

異国の言語学者が明らかにした、日本語の古の姿とは?

@ThomasPellard

Research scientist @CNRS 🇫🇷 historical-comparative linguistics, archaeolinguistics, phylolinguistics, geolinguistics, endangered languages, languages of Japan.

https://x.com/ThomasPellard/status/1796166752012824685/photo/1

https://x.com/ThomasPellard/status/1796474339052896519

週プレインタビューがプチバズっていますが、日本語起源についてもっと知りたい方は

@yosukeigarashi さんとの対談記事日本語琉球諸語のルーツをひもとく」もあわせて読んでください⬇️ (こっちはグラビア👙なし)


特集危機」と「ルーツ」② : 日本語琉球諸語のルーツをひもとく

https://kotobaken.jp/digest/13-1/d-13-02/

日本語はいつごろ、どこから来たのでしょうか?

日本列島に入ってきた言語は、

どのような変遷をたどったのでしょうか?

また、それらはどのようにして分かるのでしょうか?

日本語歴史研究しているトマ・ペラールさんと

五十嵐陽介さんに聞きました。

お二人は、なぜ日本語歴史研究を始められたのですか。

ペラール:もともと日本の伝統文化に興味があって、人類学民俗学をやろうと思っていました。途中で、言語研究面白さに気付いたのです。そして、日本語がどのように変化してきたのか、今の日本のことばがどのように成立したかについて研究を始めました。

すると、日本語歴史研究するには琉球諸語のデータ絶対必要だと分かり、琉球諸語の研究を始めたのです。五十嵐さんと初めて会ったのは、フィールドワークで訪れた宮古島でしたね。五十嵐さんは、まだ日本語歴史については手を付けていなかったと思います

日本語歴史研究に深く入り込むようになったのは、僕の影響があるかもしれませんね。それは大変うれしいことです。

琉球方言ではなく、琉球諸語というのですね。

ペラール:琉球列島で話されていることばは、長い間、日本語方言と見なされてきました。しか日本語と通じないほど違うため、現在では日本語とは異なる言語とみなされています。また、琉球列島の中でも島や地域ごとに互いに通じないことばがあることから、まとめて「琉球諸語」と呼んでいます

琉球諸語につながる言語日本語は、いつ分岐したのでしょうか。

ペラール:奈良時代8世紀)以前ということは、研究者意見が一致しています

最も古い日本語の文献は奈良時代のものです。

文献から奈良時代にどのような音の区別があったかが分かります

さらに、文献にある言語状態からそれ以前の言語状態理論的に推定する「内的再建」という歴史比較言語学手法を使い、奈良時代以前には音の区別がもう少し多かったことが推定されています

奈良時代の文献ではすでに失われてしまったがそれ以前には存在していたと考えられる音の区別が、琉球諸語には見られます

ということは、琉球諸語の共通祖先に当たる「琉球祖語」と日本語が分かれたのは、日本語でその音の区別が失われる前、つまり奈良時代以前と考えられるのです。

琉球諸語と日本語は、稲に関連した単語を共有しています

稲作が伝わる以前に分岐していたらそうならないので、稲作が伝わった弥生時代紀元前10世紀ごろ〜紀元3世紀まで)以降と考えるのが自然です。

ここから研究を進めているところで、まだ私の個人的な推測なのですが、弥生時代末期から古墳時代あたり(3〜6世紀ごろ)に分岐したのではないかと考えています

各地にクニと呼ばれる政治的なまとまりが生まれるなど、日本列島社会が大きく変わった時代です。

社会の変動は言語の変動にも影響すると予想されます

日琉祖語の話者は、いつ日本列島へ来たのでしょうか。

ペラール:弥生時代から日琉祖語の話者日本列島移住し、弥生文化担い手になったと考えられます

考古学遺伝学の研究から総合的に見て、日琉祖語の話者東北アジア中国北部朝鮮半島あたりから来たと考えられます

古代朝鮮半島歴史を記録した文献に日本語と音と意味がとても似た地名が見られることから日本語系統関係にあった言語古代朝鮮半島で話されていた可能性が高いです。

それは大陸倭語わごとも呼ばれますが、その後、別の言語に置き換えられて消滅しています

anond:20240531165010

例えば、冬に雪が豊富で、子供の頃からスキー場に通えて、学校スキースノボを教えてる地域って、東京と比べてそっち方面文化資本豊富だと思うんだよね

スポーツ文化じゃねぇっていうんならスポーツ資本って言ってもいいけど

東京文化資本豊富」ってのはそういうものでしょ

雪国からってみんな冬スポーツやるわけじゃないけど、冬スポーツやるなら雪国の方が便利という程度のもの

anond:20240531163834

turanukimaru いや美術館が無ければ美術館に行く文化も作れないので「文化享受できる環境・子に文化享受させる親の文化」は文化資本なんだが。みんな美術館物理的な資本)の話じゃなくて美術館に行ける東京の話してるだろ。

tick2tack オックスフォード社会学辞典みるに文化資産へのアクセスが含まれhttps://t.ly/xdJLQ 美術館へのアクセス能力文化資本だという認識問題ないと思う。

マッドマックス フュリオサ」を観たが、やはり「性的消費」は日本男性特有文化である

やはりポリティカル・コレクトネスの進んだ欧米で描かれる作品

女性を「一人の人間」として尊重した描写をしていると思うんだよね

男性によるセカンドレイプ痴漢への法整備が追いついていないこのクニで

女性に対するマイクロアグレッション無きまなざしは、根本的に不可能だと思う

一刻も早いジェンダーロールから解脱女性性の開放を行い、女性人権先進国並みにする事こそ、アニメ女性描写の性暴力性を無くす事に繋がるんだよ

こんな奴らがcolaboや黒人差別して、汚染水中国の人たちを苦しめてるのかと思うと

暗澹たる気持ちになるわ…第二次世界大戦大戦時の併合国への保障が、歴史上一度も無いのは驚くべき事だ

ナイキやブルアカみたく、性的消費が無く女性安心して遊べる健全ゲーム

今の日本には作ることができないのか? ホント溜息しか出ない

anond:20240531060924

・そうはいっても政治家職業世襲文化資本だったら人的流動性がないので、フランス論文日本にも当てはまるかというと疑問

・むしろ文化維持に関わる集団文化資本なのではないだろうか。フランスカトリック文化と比するなら「相撲部屋」「相撲協会」とか「芸術芸能学校」とか「●●医師会」「東大」「日本キリスト教団」とか

文化資本移植は、英国ダドリー男爵家が米国ハーバード大作ったり、在日ハーバード米国ユニテリアン教会朝鮮布教したようなもの日本戦争負けたが彼らは成功している)

・つまり文化資本は「布教されるある種の価値観」なのかもしれない

anond:20240531172446

それって要するに資産社会的地位権力再生産につなげられなかったケースの事でしょ?

勿論そういうもの価値否定はしないし、むしろ文化目的ってそういうものの方だと言いたい気持ちもある(資産等の再生産の方が邪道)けど

文化資本」かどうか、という話では、それは再生産につなげられなかったので文化資本ではない、となるんじゃないかなぁ?

文化資本定義を有難がってる人たちって

純文学()とか好きそうだな。

アタクシの好きな文化のみが文化的で高尚で、低俗文化相続されようがゴミから関係ないと思ってそう

やっぱりはてな、「文化資本」の理解あやしい人多くない?

そういう自分あやしい側なんだけどさ

 

そもそもお前ら、「文化資本」って意味わかって使ってるの?

anond:20240531060924

 

この増田本人では無いので尻馬に乗る感じで申し訳ないけど、ブコメとか見てると未だに理解あやしい人が多い気がする

まず元増田の内容を自分なりにまとめると、「文化資本」に該当するかどうかを計る条件として

①親から子へ受け継がれるものである

資産社会的地位権力再生産に結びつくものである

 

の2つの条件が少なくともあり、はてなで言われている「文化資本」の多くはこれに該当しない(そのため、はてな人達は「文化資本」の意味理解せずに使っている疑いがある)

ということなんだと理解した(つもり)

特に②についてはそもそも資本とは自己増殖するもので、文化資本」というからには再生産の要素を含まないと変というのはその通りなんじゃないかなと思う

でその上で、なんだけど

 

再生産の要素が無いのでは?

いや美術館が無ければ美術館に行く文化も作れないので「文化享受できる環境・子に文化享受させる親の文化」は文化資本なんだが。みんな美術館物理的な資本)の話じゃなくて美術館に行ける東京の話してるだろ。

例えばこの反応って、①の説明にはなってるけど、②の説明にはなって無くない?何が再生産されているの?

個人的には、文化資本」を名乗るうえで②の方が重要な気がするので、そっちが片手落ちになっては意味が無いんじゃない?と思ってしま

上は一例だけど、元増田への反論で②の再生産の部分まで言及できている人が少ないように見える

 

そもそもどういう再生産を想定している?

で、更に、そもそも東京文化資本豊富」と言っている人は、どういう再生産を想定しているんだろう?

ただの資本場合、単純に金持ち投資等で更に資本再生産できる、というよくある話で、これは分かりやす

対して文化資本は、例えば親が教育重要性をきちんと理解し、そのおかげで子は十分な教育を経て資産社会的地位権力を得られるようになり、それらが再生産される、といったシナリオになる

ただ、「東京文化資本豊富」と言ったり、その例が美術館(へのアクセス)だったりする場合、具体的にどういう継承から資産社会的地位権力再生産に結び付く話をしているんだ?

例えば、近くに美術館があってよく通った場合しかしそれが自身給料社会的地位権力特に結び付かない事はよくあるし、その場合②を満たさないので「文化資本」とは呼べないよね?

例えば美術精通する事で上流階級の人とコネが生まれ立身出世の役に立つ、とかだと「文化資本」と呼べると思うけど、現代日本でそういう機会がそもそもある人は(東京内に限っても)何%だろう?

当然、その%が低ければ東京全体でならした時の美術館の「文化資本寄与率は低くなって、他の寄与から比べると誤差以下になってしま

という感じで多くの場合②を満たせない割合の多いと思うんだけど、どうだろうか?

具体的にどういう継承再生産のシナリオで考えているんだろうか?

 

「東京」というフレーミングは適切?

また、再生産という観点で見た時、そもそも「東京」で括る意味って何?とも思う

例えば「金持ち文化資本豊富」ではダメなんだろうか?こちらなら上流階級の振る舞いや教育重要性の理解等々、再生産に関わる文化資本豊富なのは頷ける

これに比べて「東京」だと、金持ちでない人も居るし、そういう人が美術館に通っても再生産に繋がらない事が多い

というのも、そもそも機会やノウハウなど、「美術」という文化素養資産社会的地位権力再生産につなげるための回路こそ、資産家の親から子へ継承される貴重なものであり、ある意味それこそが「文化資本」だから

よって、「東京」という雑多なフレーミング文化資本を持たないノイズ人達(言い方は悪いけど・・・)を多く含み本質的ではないのに対し、

金持ち」というフレーミング再生産に結び付く「文化資本」と本質的につながっているので、より適切なんじゃない?と思えるし、その上で「東京」で括る意味is何?と思えてしま

東京金持ちが多いから、結局文化資本とも相関がある」という人も居るかも知れないけど、それってわざわざ要らない項を噛まして、分かりにくい疑似相関を作ってるだけじゃね?

地方でも金持ちなら教育もするだろうし振る舞いも継承したりコネも引き継いだりするだろうという事で、文化資本と言えるものが多そうだし

結局、文化的ななにかを資産社会的地位権力再生産へとつなげられるかどうかって、住んでる場所より資産社会的地位権力依存するんじゃないかなー、と思うし、それによる寄与と比べると「東京」要因の寄与って誤差に呑まれそうじゃね?と思う

 

格差再生産に参加して嬉しい、のか?

もう一つ大きな、そして根本的な疑問として、元増田の言うように「文化資本」というもの資産社会的地位権力再生産、つまり格差再生産を前提とするものだとして、

それが「東京豊富だ」と言われる事は、その人達にとって嬉しいのか?というのがある

美術なり音楽なりの素養格差再生産となるという事は、それなりに差別的論理社会なかに残存しているという事だけど、

そのおかげで得をしている格差再生産の加担者or受益者と指さされているようなものなので、それ嬉しいか?胸張るような事なのか?と思う

なので、軽々しく「東京文化資本豊富」という人は、「文化資本」が前提とする資産社会的地位権力再生産についてよく分かっておらず、つまり文化資本」の意味をよく分からずに使っているのでは?と思えてくる

ある意味東京には文化資本による格差再生産を肯定or容認するような差別的な風潮が残存している」という事でもあるので、本当に意味理解して使ってる?と疑問

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