はてなキーワード: 毒男とは
もはや何年も前から言われてることだが、「2ちゃんねらー」でひとくくりにする人が未だに後を絶たない。
それは「VIPPER」なのか「ニュー速民」なのか「プラス民」なのか「毒男住人」なのか。
各板で全然特色が違うし、住人も多種多様すぎる。
うちの教授もコテハン持ってるし、BNFだって2ちゃんねらー(だった?)わけだし。
まぁ、「これだから韓国人は」とか「アメリカ人は」とか一くくりにしたがるのは昔から変わってないから仕方ないかもしれないが
まともな議論をしていると思っている人が「2ちゃんねらーは」とか言ってるのをみると「やれやれ」と思ってしまう。
もっとひどいのは「2chスレまとめサイト」を指さして「あいつらは」という人。
そのブログに付けられたコメントを指して「痛ニューに集まる奴らは」というのならまだしも
スレ番号飛びまくりのブログ主の好み出まくりの2chスレを見て
「これだから2ちゃんねらーは」とか言われるとどこから突っ込んでいいやら。
痛いニュースを見て「これはひどい」とか思って現行スレを覗いてみたら割とまともだったなんてのはしょっちゅうあること。
2ch見たことない人間がまとめスレ見て批判するとか、勘弁していただきたい。
中学生に向かって言うのならまだいいのだが、割と大人な人の主張に対してこういう言葉を使う人はもうちょっと考えた方が良いかと。
ほとんどの場合は「上からの視点」なんてなくて、それはただの「横からの視点」なわけで。
見方を変えただけで上から見た気になって
「お前らの意見はまだまだ」
と議論放棄する人が割と多い。
「そんな風に考えていた時期が俺にもありました」
の一言で片づけて終わり。
同じように「多角的な視点で議論しよう」という感じで「広くが全て」という人も多い。
もちろん、広い視野も大事ではあるのだが、「深さ」も重要だと分かっている人が少ない。
どれだけ深く洞察したかを加味せず、自分より下の視点(狭い視野)だと判断すると議論放棄する人をたまに見かけるが
もう少し相手を敬ってもいいんじゃないだろうか、と思う。
相手もそれなりの洞察を経て、その意見にたどり着いているのだから。
人の意見に感銘を受けて、それを他者に話すというのはよくあること。
実は人の意見なんてそれがすべてかもしれない。
ところが、その2ホップ後の意見を聞いて、それを批判して、元の1次ソースに対して「たいしたことねーな」と言ってしまう人が多い。
割と有名なAという人に感銘を受けたBという人が、CさんにAさんの言ってることを鸚鵡返しのごとく話したところ
Cさんはそれに対して反論して、Bさんがそれにこたえられなかったときに
「Aは大したことねーな」
という人のこと。正しくは
「俺にはよくわからなかった」
割と2chに偏ったけれどこんなところかなぁ。
1年365日、あなたが寝てる間にも新たな命が誕生しているように、同じくらいの別れもあるはずだと頭ではわかっていても、それを実感するのは難しい。
とりわけ、街にカップルが溢れるこの日に別れる二人がいようとは、昨日までは想像できなかった。
2007年12月24日。今日は彼女と一緒にシャンパンを開けて、朝まで一緒に過ごすと決めていた。
非モテや毒男といった有象無象を「くやしいのうwwwwwくやしいのうwwwww」と嘲笑いながら、肩で風を切って歩いた。
♪クリスマスが今年もやってくる
自分のせいで男二人を喧嘩させときながら偽善者ぶる竹内まりあの歌声も、不思議と気にはならなかった。
たとえるならオナニー後の何でも許せてしまう気持ち。みんなオナニーしてから話し合いすればきっと世界は平和になると信じて疑わない。
とりあえず電話した。
……出ない。
1時間ほどして返信が来た。
「今日来るなんて聞いてない。無理」
Perdon??
今日のためにシャンパン買ってと頼んだんだから今日に決まってるだろ!
返信すると、「飲みにくるとは聞いたが今日とは聞いてない。今日は仕事で疲れたし明日は用事があるから」
お前は使えない公務員か。「17時を1秒回りましたので月曜にお越しください」みたいな。
どうしても今日なんとかならないかと懇願するも、袖にされた。
何?オレがむしろ「くやしいのう」?
やり場のない怒りが沸々とわいてきて気が付いたらこんなメールを送信していた。
「わかった。そんなに会いたくないなら別れよう。さようなら」
終わった。
それまで5分ごとくらいでキャッチボールしていたメールが止まった。
ついカッとなってやった。でも今でも反省してない。
急に新宿の街を埋め尽くすカップルたちが恨めしくなった。だがオレは基地外ではないので「どんだけ無気力」と吠えたり、無差別殺人予告をしたりはしない。
1時間くらいして、オレの他人に対する態度を戒めるメールが来たが、オレの求めていた答えはそんなものじゃなかった。
だけど自分からこの状態を打開する術も思いつかない。マリオノーミスクリアくらいの難易度だろう。
彼女がミクシィ日記を更新したけれど、読みに行く気もしない。というか自分からリアクションを起こそうとは思わない。
オチないまま終わる。
そういうことを言ってるんじゃないんだから毒男は黙っとれ
「恋愛なぁ…」を書いた増田だけど、もう一言つぶやかせてくれ。
増田達の意見に触発されて考えたんだけどさ、結婚って難しくない?
わかんないことがいっぱいだよ。
なんかさ、友達にも離婚調停中の人がいるんだけど、なんだか凄く大変みたいなんだよね。いつも疲れ切っちゃってるし。
よくかんがえてみると、財産を二人で一緒にしちゃうなんて分かれるとき大変じゃない?でも、普通の夫婦って資産は一つにまとめてるみたいなんだよね。ふしぎ!
でさ、結婚する前から離婚のこと考えるなんておかしいのかもしれないけどさ、慰謝料ってなに?男の人の方が払うこと多いみたいなんだけど。
お互いうまくいかなかったりして分かれるんでしょ?なんで何百万もお金が動くの?
俺、おこさま?世間のことわかってない?30中盤でこんなことを知らないなんてウブ?さすが毒男?
相手に新しい彼氏彼女ができて分かれるなんて恋愛では普通なのにね。
旦那が死んでも奥さんと子供が生活できるように…ってさ、どうなの?旦那が死んだ方が奥さんは子育てに専念できるし、リストラもないし、まとまったお金が手に入ってさ、こぶつきでもいいっていう珍しい旦那とかみつけたらさ、勝ち組じゃない?
そんなドリームまで考えて生命保険なんて入らないもんなのか…。
でもでもさ、生活保護って何?生命保険と母子家庭手当って両立したらおかしくない?セーフティネットが二重三重に?
30代で鬱にかかって苦しんだりするリスクより、自殺して貰った方が安泰なんておかしくない?
あとは蛇足。
そしてあとは衰退するのみ。
「らき☆すた」とか「ハヤテのごとく!」とかのパロディに「wwwwwww」等、嬉々として書き込まれているニコニコ動画の画面を見て思う。
作り手はアニオタという金脈から吸い取れるだけ吸い取ろうと必死にマーケティングしてきた、現在のアニメ界隈の盛り上がりはその結果だ。
マーケティングして成功した果実からカネを手に入れる、ビジネスとして真っ当だ。
だけど「自分たちがマーケティングされ、ある意味搾取されている」ということに気がついたアニオタは確実に増えている。
自分たちが搾取される側だという自覚は、「もってけ!セーラー服をオリコン一位にする」等の2chのムーヴメントが以前ほど盛り上がらないことからも判る。
スタチャがあざとい!と気づいた彼らは、他のアニメ関連産業(作り手)も大同小異だと気づき始めているし、その気づきが多勢になるころにはアニオタも減少していくだろう。
マーケティングの対象になっているのは、エヴァンゲリオンが放映されたときに中学生だった連中を下限として、上は35歳ぐらいの就職氷河期の時代に翻弄されて
負けてしまった引きこもり、ニート、もしくは年収二百万未満の低所当者の貧しい非モテの毒男層だろう。
可哀相に彼らは時代の逆流に負けた上カドカワをはじめとするアニオタ産業に食い物にされたのだ。
コア層は老化して、それより更に下の世代は存外アニオタ予備軍の総数は層が酷く薄い気がする。
きっとあと二年か三年後には急激に衰退したアニメ産業を不思議がるブログエントリが、はてブとかで人気を集めそうだ、憶測だけどww
909 :Mr.名無しさん :sage :2007/02/21(水) 02:12:28
妻がメシ作りたくない病を発症した。
何故かすき家に三人して来てしまった。
まあ良いか、祭りだし。
なんて考えてると、ふじこが
「ぱぱ、あの人食べるのすんごくはやいよ」って俺に言う。
見るとカウンターには二十代前半とおぼしきスーツ姿の男が牛丼をかき込んでる姿が。
あれは俺だ、昔の俺だ、何にも考えず、ただがむしゃらに仕事して、未来の事とか幸せが何なのかとかから敢えて目を背けて、孤独を貪って世の中拗ねて生きてた頃の…
そんな俺の妄想に気付いているのかいないのか、男は尚一層のスピードで丼を空にし、ぼそりとご馳走様と告げると伝票を片手にレジへ向かった。
俺がふじこに
「牛丼はああやって食べるのが作法なんだよ、特に一人の時はね」
って教えたら、妻が何馬鹿な事言ってるのって鼻で笑った。
私は「男女の恋愛抜きの友情は存在し得る」派の毒男だけど、個室で女と二人っきりになるシチュエーションはできるだけ避けるようにしている。可能なら他の人に付いていってもらうとか、やむを得ず寝室という場合でも、戸を開けておくなどして、できるだけ他の人の目の届くようにするとか。
保護者の目が行き届く場所とか、保護者のお許しがある場合は別として、子供達と触れ合っての交流をも避けている。具体例を挙げるなら、挨拶はするし、親が知り合いで近くにいるなら、頭をワシャワシャといい子いい子してやる事もある。でも、親から離れている子には特に気を遣う。迷子の子に声を掛ける事はあっても、誰かを呼びに行くにとどめて、自分から手を引いて探し回るのは避けることにしている。
「自分には手を出さない自信がある」とは言っても、相手を安心させる事も少しは考えた方が良いのでは、と思う。それに、自己防衛の意味もある。下手したら人生を棒に振りかねないリスクがあるのだから、用心するに越したことはない。