2022-04-19

フェミ界隈はなぜ「敵にはなにをやってもいい」という発想で行動するのだろうか。発想がロシアと同じすぎる

江口先生の「たわわ批判」の分析完璧すぎる

https://twitter.com/yonosuke2021/status/1515881127973584899

『たわわ』が「痴漢行為」だの「性的暴力性的加害」だのだって表現するのと、呉座先生が「あらゆる弱者に対する差別」をした、みたいなのは同じタイプのものなんだな。いま気づいた。敵だと認識したら過剰な表現をしてもかまわないという判断があるのだろう。

それはおらく、自分たち発言が、自分たち応援する人々に届けばそれで十分だからだ。

またそうした大袈裟で過剰な表現による非難によって、自分の敵たちが過剰な不利益を被っても気にしない。なぜなら悪いやつらだからだ。

とにかく縁を切るのだから、敵の不利益はかまわない。自分たちができもしないことも敵だから要求できる。

なんでそんなことになったんだろうな。

ほんまこれ。

おそらく痴漢とたわわが一緒に見えてしまっているんだと思う。

  • 「私たちは酷いことをされ続けてきた。だから酷いことをしてもいいんだ!」

    • これだって別に自分たち世代だけのじゃなくて 有史以来の女性虐待()までカウントしてんだもんな その見返りを自分たち世代で独占したら強欲が過ぎるんじゃね

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