人混みの中でぶつかる、ぶつかってくる、避ける、避けない、避けろやという話が微妙に盛り上がっているが、俺は人を回避しながら歩く事自体が結構好きだ。
前から来るおばちゃん、その後ろに居るスマホを見ながら歩く姉ちゃん、イヤホンから音漏れしまくりの兄ちゃん、めっちゃ早足で斜め移動してるおっさん、杖ついてる婆さん、酸素ボンベ的なのが入ったカートを推してる爺さん、人混みの中には色んな人が居る。
それぞれ歩くスピードも、移動しようとする向きも、周囲への注意力もバラバラだ。
それらを回避しつつ進むのは意外なほど難しい。
特に駅の構内や繁華街の地下道などは狭い上に進行方向が限定されやすい為に人が密集しやすく、ぶつかりやすい場所だ。
そういうところで可能な限り人にぶつからずに進むという行為は、なかなかの遊戯性を持っている。
上手いこと避けながら進めると割と楽しい。
偶にだがこういった人を避ける勘がやたら冴え渡る時もある。
「見える、見えるぞ! 敵かどうかは知らんがおっさんやおばちゃんが進むルートが見える!」となるのだ。
調子が良い時は、爺さんが息切れして立ち止まるタイミングさえも完全に読める。
スマホをガン見してて前を全く見てない姉ちゃんも、「俺は絶対避けないぞ」と謎の決意をしてるっぽいおっさんも、俺の進路を阻む事はできない。
誰も俺を止められない! もはや気分はマラドーナだ!
伝説の五人抜きの実況が脳裏に蘇り、万能感が俺を包む。そして――
大抵こういう時は柱とか壁にぶつかるのだ。
人の動きが読めるもんだからそっちにばかり注意が行って、人以外の物への注意が散漫になりがちなのだ。
まだ壁なら良いが、車にぶつかったり犬や猫を踏んづけたりすると大変な事になる。
みんなも気分だけマラドーナには気をつけよう。