2020-02-06

死にたくてたまらない。

自己嫌悪自殺のことで頭がいっぱいで勉強にここ一年手をつけられなかった。

そんな時にTwitter辻仁成さんの呟きを見た。

かに死にたいという言葉の裏返しが生きたい、と意味するところはある。

だって現状が良くなるならそれに越したことはないと思う。

でもそうならない、そう出来ない絶望感、自己嫌悪感で死にたいと思っているのだ。

この世への未練と、死にたい気持ちは両立する。

未練があるから死ねないというのならば、それは未練が死にたいという気持ちよりも大きいだけで、未練があっても死にたいという動機が勝れば死ぬだろう。

死にたい気持ちは本物だ。

その気持ち否定されたら、それもまた絶望になる。

私はまだ身近な人に、助けてくれそうな人にそれを打ち明けられていない。

病院に行きたいとすら言えなかった。

この気持ち言葉にするのすら今日が初めてなくらいだ。

恥ずかしい、みじめだ、すでに充分なほど支えてくれているのにその上こんな話をするのは申し訳なくてたまらないという気持ちが大きくて無理なのだ

打ち明けられる人がいて、打ち明ける勇気を振り絞った人に、本当は生きたいんでしょ?と言われる。

想像しただけで怖い。

患者との接し方では「まずは否定せずに受容」と言われている意味を、自分の身で体験している。

この気持ちを話して怒られたくない。

こうなってしまった自分怠惰を責められたくない。

生きていれば良いこともある、というのはそうかもしれない

けれど今この瞬間がつらいことに変わりはない。

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