先生だって人の子なんだから生徒の事いちいちプロファイリングして最適な対人関係を持ちかける事は出来ないでしょ。
じゃあ生徒一人一人が自主的に自分はこうなのでどうしてほしいという指導指針を出すべきじゃない?
自分自身でそれを最適解として出せないのだったらとりあえず巡り合ってしまった先生にそれが見つかるまでは一任するしかないんじゃないのかしら。
叱り方は叱る人にその人なりにしかレパートリーがないし、怒る側も受け入れる許容が限られてるだろうけど、受け入れ側が最適解を準備できていなければ相手の言い分を全面的に受け入れるしかなくない?
それを受け入れないって、もう結果どうしようもないってその時点でなっちゃうよね。
自分で自分の選択肢の狭さに他人の発言で気がついて、自己嫌悪でなく他人のせいにするのって何一つ満足のいく事ができない人生を選択してる事になるんじゃないかと思うんだけど、そういう修行僧みたいな生き方を遺伝子か何かが求めているんじゃないのかな?
だとすると、適さなかった叱り方は、大局的には良かった叱り方だったと言えそうだね。
昔、そこそこ仲の良かった男子が結構くだらない事でめちゃくちゃ叱られてグレてしまった グレたと言っても、自習時間に机をドンドコしたり、補習をサボってバッセンに行く程度だっ...
そういうのって、先生私の事全然わかってない的なの? 先生だって人の子なんだから生徒の事いちいちプロファイリングして最適な対人関係を持ちかける事は出来ないでしょ。 じゃあ生...
「宿題やったの?」 ⇒「(あんた絶対やってないでしょ)宿題やったの?」と受け取れる。 「宿題の進捗どう?」 ⇒宿題をやっている前提で話をしている。相手を信頼しているように...
伝え方も重要だよね。叱るときの反語表現は嫌味要素しかないので禁じ手にしていいと思う。そういう叱り方ハックは尾木ママなんかが提唱して溢れかえっているはずなのに、バラバラ...
君はロリコン教師の気持ちがわかるフレンズなんだね!
根性論と現実を擦り合わせようとするから文章が長くなるんだよ 「叱る」「反省」など存在しない それは罵倒と萎縮
人ってそういう分岐点が各々にあるよね、子供の頃のこととか自分ではなんとも出来ない事で、 その後が上手く行ったり行かなくなったりする。 巡り巡ってどん底まで行けば無関係の他...
きっかけはあるようでいてない。 性向で人間の舵の方向はだいたい決まっていて、きっかけはせいぜい推進力を強めたり弱めたりする程度の役割しか果たさない。 側から見るとギリギリ...
人間なんて脳を発達させて生き抜いた猿なんだから、小難しく考えないで自分が少し賢い猿だと思って生活すると色々分かるし楽になる
リアルで叱ったり指摘したりするのは自由。しかしどんな相手にも反撃される覚悟を持ってやれと言いたい。 その先生は日本が銃社会でなくてほんとよかったな