アニメ見たり本読んだり、そういう非現実的な存在に触れてるときは楽しいんだけど、それ以外の現実的な時間はなにひとつ楽しくなくて、だから今は休日にアニメを見るために働いてるような状況なんだけど、幸福を味わうために苦痛に耐え続けるのってなんだか馬鹿らしいなーって最近思う。いくらアニメ見てるときが楽しいとはいえ働いてるときは苦しいから結局プラマイゼロだし、それなら死んでずっとプラマイゼロの無が続くだけの世界に行った方が楽なんじゃないかって思う。上げ下げのある世界なんて無駄に疲れるだけだ。
よく「その苦しみがあるからこそ休息が幸せなんだろ」って言うけどそんなことは絶対にない。ニートしていたときがいちばん幸せだった。幸せだけに浸れるなら幸せだけに浸る方が良いに決まってる。人間は安定を望む生き物で、知らないことに触れるのに対抗がある生き物なはず。幸せだったり辛かったり、そんな先が分からない人生が好きなわけがない。仮にそうじゃなかったとしても、生きるためになにか辛いことをしなくちゃいけない世界じゃなく生きること自体はだれにだって許されている世界だったなら、みんなそっちを望むはず。苦しいこと辛いことをした方が良いなんてことにはならないはず。
けれどこの世界はそうじゃない。働かないと生きてはいけない世界だ。
いや違う。より正確に言うなら、
しゃぶれよ