理由無く物事を否定する人がこの世には一定数居るのだという事実がある。
そして、そうなってしまった理由はきっとあるのだろうとも思う。
もう、誰のブログだったかツイッターだったかは覚えてないけれど、趣味が無い人は否定をする事ばかりになるというのを見た。自らが元々そうで、熱中出来る趣味が見つかってから誰かを否定する事は無くなったと。
人を否定するというのは、もしかしたら人にとっての、デフォルトの趣味なのかもしれない。
そう考えると、熱中出来る趣味を見つけられなかった、もしくは趣味を出来るような余裕が無かった人は、そのデフォルトの趣味を持つようになるのだと思える。
人を否定せずにはいられない、という事になっていない事は、幸せなのだと思うべきなのか。熱中できる趣味を見つけられた、そのおかげで人を否定せずにはいられないという事に陥っていないという事は幸せなのだろうか。
けれどもそれは、趣味を見つけられた、趣味を持てるだけの余裕があった人の台詞だ。
ただ、実際のその人達に関しては、何を話しても大概否定に走るだろうし、聞いていてもこちらの気分が害されるだけだろうから、余り聞こうとは思わない。聞いたところで何かの解決にもならないし、この自分の好奇心が少し満たされるだけだ。プラスよりマイナスの方が大きい。