仕事の合間、昼食を終えて川に差し掛かったとき、マンションの植え込みを囲むブロック上にトカゲがいるのを見つけた。
それは、青色を基調としていながら、全身は日を浴びてどこか銀の光沢をたたえていた。
かつて見たことのない種のトカゲに、密かに胸の高鳴りを覚え、そっと手を伸ばした。実際に触れてみると、それは張り付いたように動かない。ブロックの熱を吸収して溶け始めたゴムの粘り気が指に伝わり、即座に手を引いた。青いトカゲは、何者かが残したおもちゃ、恐らくはいたずらの痕跡だった。
今日もまた、昼食後にその場所を通った。植え込みに目をやると、ブロック上のトカゲは位置を変えて、前回同様に佇んでいた。おもちゃのトカゲが動く筈もない。もともとの仕掛人が配置換えをしたか。あるいは、私同様に好奇心を持った何者かが手を伸ばしたか。
青いトカゲを巡って、姿の見えない誰かとの妙な縁に思いを馳せているうち、ふと予感のようなものが降りてきた。
人は、あたかも何かの吉凶に繋がるような出来事を虫や小動物になぞらえて、虫の知らせ、と表現する。この青いトカゲは、私にとって、虫の知らせに思えるのだ。
現にトカゲはいま、私の胸のずっと奥の、意識の届かない暗い器の側面にじっと張り付いている。トカゲは、腹を規則正しく収縮させて呼吸している。その呼気は余りに小さく、吉凶をはかりようもない。しかし、その青色は、昨日までの日々が、今日以降全く変わってしまったことを、なぜだか深く想起させるのである。
いつもの私であれば、大きな変化に出くわせば動揺を抑えることができない。しかし、青いトカゲは、人生の変化を恐れずに見ていこうという不確かな諦念を与えてくれた。