2017-06-15

パンと犬を巡る冒険

彼女について語ろうとするとき、僕は自分がひどく不器用になったように感じることがある。

彼女と僕の物語には、抑揚がなければ教訓もない、そんな話だ。

デレク・ハートフィールドの「暗黒期」の作品にも少し似ているかもしれない。

オーケー、とにかく話を進めよう。

僕がはじめて彼女とまともに話したのは、ひどく暑い夏の日の午後だった。

彼女は、ローリング・ストーンズの「ブラウンシュガー」を口ずさみながら、庭で穴を掘っていた。

「なんで穴なんかを掘ってるんだい?」

そう尋ねる僕に、彼女は答えた。

「私は、フライパンを、埋めなければ、ならない」

力強く語る彼女の口振りは、厳しい選挙を勝ち抜いた大統領勝利宣言を僕に思い起こさせた。

彼女の足元には、哀れにもこれから埋められようとしているフライパン

そのフライパンにこびりついた黒焦げは、ゴミを漁るカラスの羽のようにも、宇宙の最果てーもちろん僕はそれを実際に見たことはないけれどーのようにも見えた。

こうして、僕は彼女と寝た。

翌朝、僕が目覚めると、彼女はまた庭にいた。

彼女は、昨日の穴から少し離れたところに別の穴を掘って、卵を埋めていた。

「卵を埋めるなんてもったいなくないか?」

僕は尋ねるべきではなかったのかもしれないが、尋ねずにはいられなかった。

人生とは、得てしてそういうものだ。

彼女は、愛犬を亡くした飼い主のように悲しそうな顔をしてこう言った。

あなたは、フライパンと卵があるとき、卵の側に立つ人なのね」

それが別れの言葉であることは、いくら鈍感な僕にだって明白だった。

僕は、何も言わずに庭を去り、二度と彼女と会うことはなかった。

僕と彼女の話はこれで終わりだ。

そこに湧き上がるような歓喜はないし、静かに沈み込むような絶望もない。

今となっては、僕は、彼女の顔を思い出すことすら難しい。

記憶に残っているのは、彼女Tシャツに書かれた、どこか寂しそうな6桁の数字だけだ。

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  • みんなが適当に連作してるのかと思って参加してみたら、パタリと投稿がやんで、「もしかしたら1人でやってたのに、邪魔されてやめちゃったのかな?」と申し訳なくなったことはある...

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