全然違うよ。頼られて不快に思わないのは(表面的にそう見えなくとも)相手を見下してるからだよ、ってこと。
わかりにくいなら一例を挙げておくね。
妻を女子大生だと思う事にしたら険悪だった関係がムチャクチャ改善した
http://takasuka-toki.hatenablog.com/entry/2016/02/19/184432
この文章の「妻を対等な立場であると思うが故に問題はこじれる」に言いたいことが凝縮されてる。
考えてみると妻と付き合っていた頃、僕は彼女の事をかよわい女の子のカテゴリーに振り分けて接していた。もちろん一人の大切な人として対等に接していたつもりだったけど、それ以上に彼女は女の子なのである。どんな馬鹿な事をしようがかよわいんだから仕方がない。そう思えた。
それが共同生活を営むと、どういうことか妻のことをか弱いだなんてとても思えなくなった。東京という資本主義の犬が走り抜けるラットレースを経済的独立という目標に向かっていかに早く走り抜けるかという事を目的とした、同士のような存在として見てしまっていたのである。そりゃ妻の行動が一々イラつくのは当たり前である。
ひょっとして妻を自分と同じグローバルマッチョとして扱ってしまうが故に、こんな問題がおきてしまうのではないかと漠然と気がついた僕は、ある日から妻を女子大生だと思うことにした。
一理あるような、ちょっと違うような……。 「お前がやれよ」vs「俺がしてやってんだぞ」ファイッ! みたいな感じ。
やべえ、それは分かりやすいwwwww
すべての人間は凹凸がなく平坦な人間、時間や金銭面で交互に余剰が発生しない、という前提は現実にありえないからね
それは見下しじゃないような… ああ、そういう違いもわからないからモテないんだな http://anond.hatelabo.jp/20160316175422
めんどくせぇ奴だな、俺は別段モテないけどその基準で行くと「見下してる」ことになるな 結局関係ないよそれは