酒席で、他の人がいわゆる「道場の師範」クラスの人物に「なんだかいつも同じことばかり言われてすみません」と恐縮して謝っている場面に出くわした。
それに対し、師範の人は「いやいや全然気にしなくていいですよ」と返し、その理由を教えてくれた。
「同じことを何度も言わせる」というのは、指導者による、教わる側への不当な非難に他ならない。
だって何か欠点を直すのに、すぐ直ることは決して多くないし、人によっては年単位で時間がかかるかもしれないのに。
そこに来て、教わる方を「同じことを何度も言わせる」と非難するのは、心の中で思うだけでもダメ。
人は好意を持つ相手のアドバイスしか聞けないようにできている。
なので、不当な非難やそれを匂わせる態度あるいは表情によって、教わる方が指導者を嫌ってしまう結果になったら、もうそれでおしまい。
教わる方から嫌われない言動を心がけるのは指導者の基本である。
「まあ、こんなことはこういう席で求められでもしない限り、わざわざ言うことじゃないんですけどね」と飄々と仰っていた。
ちなみに別の習い事でお世話になっている先生も「1人どころか、教えている相手全員に同じことを言うケースも多々あるし、これが授業だったら毎年同じことを言うのが仕事ですから」と言っていた。
教えるというのはこういうことなのか。
だとしたらそれ1つ取っても、どんなジャンルでも、いわゆる教授職は無茶苦茶ストレス溜まりそうな仕事だ・・・と恐れ入ってしまう。
それでストレスが溜まるとしたらよほど独善的なんだな。
独善的とは随分な言い方だな。 自分基準でちょっとした注意や工夫で出来ることが、いつまで経っても出来るようにならない場合、普通の人間だったら反射的に「お前いい加減にしろ」...
イエス様チーッス、いやブッダ様かな?
教える必要性がある時はそうなるが 別に育たなくても困らんし、という場合も多いw 逆にムカつく奴の成長を阻害した場合は、徹底的に偉そうな態度で最良のアドバイスをするのが正解...