全部全部焼き払ってしまったと思っていたのに。アルバムから滑り落ちたのか、今日まで暗がりの奥に隠れていたようだった。
残っていた細々とした小物を整理していた私は、思わず感傷に浸ってしまった。
おい、忘れるなよって、どこからともなく野太い声が聞こえたような気がしたのだ。
もう二度と聞くことのない、おどけた調子で。声はダンボール箱をいっぱいにし続けていた私の手を引き止めた。
へたり込んだフローリングの床が冷たい。うららかな西日が射し込んでストーブがいらないほど暖かな室温なのに、押し入れからはひんやりとした空気が漂ってきている。
辛くて、悲しくて、忘れてしまいたくて、一つ残らず火にくべたはずだったのに。たった一枚の写真に引き寄せられて、記憶は鮮明によみがえってきた。
交わした笑い声が、他愛のない言葉の数々が、光を放ちながら胸に込み上げてくる。
些細な事で喧嘩して泣いたこともあった。二人押し黙ったまま手をつないで浜辺を歩いたこともあった。
切なくなるほど懐かしく、日々は私の中に大切に仕舞われていたのだった。
あいつが最後に部屋を後にした時の表情が、今更ながらに思い出せた。写真に涙がぼれ落ちる。あの日から一度も流れなかった感情が、ぽたりぽたりと堰を切って溢れ出していく。
いつもどんな時でも、あいつは私に微笑みかけてくれていたのに。
失くした現在が重たくて、私はもう二度とその場から立ち上がることができないような気がした。
声もなくしばらく泣いてから、聞こえた囀りにふと目を上げた。ベランダに顔を向けると、金属製の柵に二羽のツバメが留まっていることに気が付いた。
どうやら二羽はつがいであるらしい。巣作りの場所を探しているのか、一声鳴いてやにわに飛び立つと、相方を追って残りの一羽も素早く宙へと羽ばたいた。
もぬけの殻となったベランダには、柔らかな春の西日が射し込んでいる。
想い人はもう追いかけられないけれど。