まあ、「彼女いるの?」→「俺に気がある」ってのは短絡的すぎてどうかと思う。
気があるから「彼女いるの?」と聞く事もあるし、
気がなくても「彼女いるの?」と聞く事もあるだろう。
女の子が「彼女いるの?」と聞いてきた時に、自分に気がある可能性がどれくらいかは知らないけど、
そのわずかな可能性も潰しちゃってるよね。
そして、気がなくて聞いてきたんだとしても今後のアプローチを難しくしちゃってる。
でも横浜駅まで45分、東京まで1時間半ってかかりすぎな気がするなあ。金沢八景だってそこまではかからない。
よほど駅から遠いところにすんでいるのだろうか。
この期に及んでストとかやってる内部の人間のノーテンキっぷりに開いた口が塞がらないよ
横浜は都会ということになっている。
でも私の住んでいたところは、横浜駅まで北上するのに公共交通機関でどうやっても45分かかるところだった。
東京のどこかへたどり着くのに、乗り継ぎふくめて1時間半から2時間見ておけばよい。
近いと思っていた。私は都会に住んでいると思っていた。
横浜からほとんど出ずに大学まで卒業して、県内の企業に就職したら、研修先がなぜか渋谷だった。
そこで私ははじめて、東京に通った。
愕然とした。
東京は、電車に乗っていると横浜駅と桜木町駅が延々ループしているようなものだった。
そして東京は、高いはずの土地をふんだんに贅沢に使って何もないスペースを平気で作ってしまうところだった。
私はとんだおのぼりさんだった。
昨日が事務処理の締め日だったので休むわけに行かず、今日は会社を休みました。
多重下請け&業務量削減、で、いま自分を実質的に律する人が誰もいない。だから遅刻魔が容認されてしまっている。トラブルはまれによくあるし、そのたび各方面に迷惑をかけるし、このままだと自分が腐る。わけあって働けない家内を抱え、所帯持ちの責任で不本意ながらいまはこんなところにいる。本当はいたくないから、遅れる、休む。ああ、フリーランスは楽しかったなあ。
自分用のタイムレコーダーが欲しい。会社で仕事をするためにではなく、美しいタイムカードを作るそのためなら、定時よりずっと前に勤勉に出社できそうな気がする、自分の机に設置したら、周囲が自分たちのモラルの弛緩に対するあてこすりと受け取るだろうというところまで想像がつく。それなら、今のようにチームのお荷物をやっていたほうが平和だ。
要するに自分の無意識の方がずっと狡賢い。それだけは認めないといけない。
中世貨幣学説史の本が届く。なんでこんな本を自分は買わずにいられない?友人が来て話をした。トリレプタルが近々承認されるらしい。元気がちょっとだけ出た。
週末電験三種の試験がある。二ヶ月準備期間があったのに全くなにもしてない。たぶん今回は見送る。ホイートストンブリッジの式だけは理解できた。別に法定停電の手配ができるからといって今よりましな職がみつかるとか思わないけど、電気のことも知らないままこうやって腐って滅びていくのはいやだ。
なにもかも間違っている自分たちを正しいと大声で言いたい。ベルグソンに傾く若手を一喝し、ヴィシー政府は正しいと居直ったドミニコ会士の気持ちがすこしわかる気がする。
一般的に社長や役員などはプロフィールに本名と会社名を書いているので分かりやすい。
一日中チェックしている自分の姿を顧みて、ふとストーカーっぽいなと思った。
会社に連絡を入れ、転職希望であることを伝え、履歴書と職務経歴書などを会社に郵送したころから社長の様子がおかしくなった。
おかしいというか、twitterがまったく更新されなくなったのだ。
ブログでも「心機一転、今日から更新がんばります!」と大きく書いておきながらもう2年以上更新がない。
ここは、きっと新しいもの好きなんだろうと好意的に解釈しておくことにした。
しかしながら私の好意は社長に伝わることはなかった。
つまり面接すら不要ということだ。
おかしいな、応募の条件は十分満たしていたはずなのだが。
というかインターネット企業を公言するわりにメールとか使わないんだな。
と、そこまで考えて気付いた。
ケータイやメールではなく、Skype IDを書いておけば、少なくとも面接できたのかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎりながらも、同時に「ずっと待ってたのに。信じてたのに」という思いが交錯する中、私はそっとアンフォローをクリックした。
地方から出てきた方には知らない方も多いかもしれませんが、それらは処刑場だった場所です。
この一文でハッとした。
普通に東京で生まれて育った我々としては、いつの間にか耳にしているような
要するに「常識」として分類される知識。
元増田です。
お互い腹の探り合いという段階なので
過度の好意を見せるのも問題だろうと思って。
なんか、ちっともお互いの距離感が縮まらないな・・・。
女の子のほうも気があるから聞くんじゃないのかなあ。
それが単なる勘違いだったという先例が過去の増田では何度も出てきたわけで。
社交辞令を真に受けるという最悪の事態だけは避けたい。
男版サブカル厨の定番みたいなのが好きなんだな
そりゃまあ「普通は」そうなるんだけど、別に法律で決まってるわけじゃないんよ。
安定した政権運営のために、与党第一党のトップが総理大臣にならないケースというのもあり得る。
特に小沢の場合、自分が嫌われている事も、自分に総理大臣の資質が無い事も、また総理の激務が務まらない事も理解してるはずだから、自分が総理大臣になるというシナリオは絶対に回避してくるはず。
以前に比べればだいぶん平穏な精神状態で過ごせるようになった気がする。
乏しい経験、冴えないプライベート、少ない交友関係、モテない人生。。。それでも、会社のない休日にゆっくりするだけでいい。最近はわりと本気でそう思えるようになってきた。これは多分諦めなんだと思う。だってこの心境に至ってから、勉強も何も努力することができなくなってしまったから。
多分、絶望もしなくなったけど希望も失った。希望を失うと将来に向けて努力をする気も起きない。
幸運なのは、今だけは何の努力もせずにただダラダラと生きていける環境にいるということ。(会社がずっとあってくれればいいけど…)
それでも、たまに、胸が裂けるほど苦しくなる一瞬がある。
「自分は皆が経験して当たり前のことを経験することなくこの年齢まできた。そしてきっとこれからも一人ぼっち」
これさえなくなってくれれば…。もう少し年をとったらこういう感情も薄れることだろう。待ってる。
つい先程の出来事。
赤信号の横断歩道で信号待ちをしていたところ、背後から酒の臭いがした。
振り返ると、自転車に乗った50代ほどのオッサンがゲップをしていた。
飲み過ぎだろ。
しかも無灯火。
頭が来たので青になり次第、走って追いかけたよ。
さぁ、追いついた、ど~しよう?
と、思いついたのがこれ。
「ば~か、ば~か、ば~~~~かぁ、糞食って死ね」
と。
そのジジイは怒らないはずがない。
自転車で追っかけてきた。
まぁ、酔っぱらいのクソジジイに追いつかれるほどオレの脚はなまっていない。
結局、そのジジイは諦めたらしく、気付いたらいなくなっていた。
とりあえず、手本にならないジジイは死んでくれ。
ふだん敵視していても、リア充にやさしくされると、つい嬉しくなってしまうのだった。