2016-07-05

ごく一般的選挙選出システムというものについて富樫が言ってた事が面白かった

都知事選参議院選報道見てて思い出した。

雑な字で書かれた何かのアンケート回答みたいなものをチラっと見ただけなんだけど、割と胸に落ちる事言うなと思った。


立候補とかしてくるタイプの人に対してまず信用を感じない」


今の政治を担ってる人達に対して抱く印象ってのがまさにこれ。

もちろん実質的に誰かしらが立候補しなきゃ選出が叶わないようなシステムにはなってるんだけど、

立候補してくる政治家がみな信用できない。差がわからない。

口ではみな違った事言うんだけど、マニフェスト反故にされても別に構わないみたいな風潮だから、結局言葉も信用できない。差がわからない。

重責ある立場に立っても堂々と私腹を肥やし、いざバレればその言い逃れに終始して一向に辞意を示さず、議会民意を反映したリコールすら行わないまま、ただいたずらに時を浪費し本人の自主辞職待ちをするしかない、民主主義完璧機能していると断言しづらい権力構造都知事がみなこの謎システムに守られるのであれば、たとえ誰が都知事になっても一定ヤンチャは必ず許容され得ることになる。差がわからない。

テレビ新聞政治の結果で景気が上昇傾向にあると伝えるけど、一個人の立場からすると給与は変わらず税と物価は上がっただけで、景気の上昇も感じられず、政治路線の差がわからない。


結局、政治家という立場がおいしいか立候補してくるんでしょう?と見えてしまう。

給与も少なく印象も悪く外圧もひどくて激務のような、政治家がおいしくない立場にでもなれば、立候補してくる人間を信用することもできるんだが。

と。この論調で行くと、❝よく訓練されたブラック企業社畜こそが、最も政治家にふさわしい❞という結論になってしまうか。

まあ、つらく苦しい思いをたくさん経験していて人の痛みを思いやれる優しさを持った人こそ政治をやるべきだとは思うが。

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