年末年始は食料を買い込んで引きこもっていたのだが食うものがいよいよ無くなり今日10日ぶりに外に出てみた。
何ということだ老若男女揃いも揃ってブスばかり。
表情は常にこわばっており恐らく親子同士友人同士話しているだろうに薄ら笑みを浮かべた顔はまるで出来の悪い蝋人形のように温かみなど感じないのだ。
何ということだろう。
肌には艶がなく血色という物を感じさせない。
幼子ですら腹話術に使うプラスチック製の人形のようではないか。
おぞましい。
生身の人間というのはこんなにも醜いのか。
この10日間、テレビに映る芸能人や映画の俳優ばかりを見てきた。
その中で比較的不細工な顔が映ればやれやれこの世界には俺以外にも面構えの出来損ないがいたのかと驚いていたものだが世間とは何とも恐ろしい物よ。
夕飯時にもなればさんざん引きこもっていた俺よりもよっぽど歪んで人間味にかける面構えの連中が次々道の向こうからやってくるではないか。
おぞましい。
その身のこなしにも表情にも肌ツヤにも清潔さや人間味がない輩がこれでもかと群れをなしているのだ。
髪が薄いだの少し顔形の作りが悪いなど最早問題ではない。
見ていて「これぞ人間である」と思える顔が全く見当たらないのだから。
余りの気味の悪さにおもわず酸っぱい物すらこみ上げてきたが何とか唇から先へ飛び出すのは堪えることが出来た。
全く化粧をしていない、もしくはプロではなくアマチュアが自分で自分にする化粧しかしていない人間とはこんなにも醜いとは。
子供ですらやたらと目が細く顔も少しばかりむくんだ出来損ないばかりだとは全く想像もしていなかった。
我々は普段不細工を見るのに慣れすぎていたのだ。
それで平気になってしまっていた。
だが魔法が解けてしまえればこんなにも不快感を催す面に囲まれて生きていたのか。
通りで人間が人間に対して心の奥底でどこか生理的な拒否反応を起こしてしまう訳である。
当たり前だ。
こんな醜い生き物に対して素直に好意など持ちようがないのだ。
物は試しにと引き篭もってみてよかった。
長年の疑問であった「なぜ人は本質的に人間のことを嫌悪しているかのような所があるのか」という謎が半分ほど解けた。
それは普段見慣れているから忘れてしまっているだけで人間という生き物が毛皮をすっかりハゲ散らかした出来損ないの醜い猿だからである。
小説の一節みたいだな。なんかあった時に引用していい?
誰かを見下す人って自分よりレベルの低い人しか目に入らないよね
元増田が、街ゆく人たちより顔面レベルが高いとも思えない