はてなキーワード: 青春18とは
センター受け終わってリサーチも返却されてそこそこ行きたい大学にそこそこ行けそうで、2次に向けて頭切り替えて勉強しなきゃしなきゃしなきゃと思いながら、最近、自分になんにもないことに気づいてもう本当に馬鹿馬鹿しいし情けないしで恥かしくて泣いた。進路のこと話してると無性に泣きたくなるのだけど、その理由を考えたら、なんか私の人生軽くってさぁあぁ、人が好きーとか言ってみるも別に、なんか、逆に人が嫌い、なんてないんじゃないかとか、人に対する好き嫌いを人と比べることなんてできないし、だから比べる必要もないのだけど、人と比べてより大きな愛情を抱いていて貢献したいと思っていて、みたいな、そういうものしか評価されない風潮と、それに流されたり甘えたりで見失っちゃった自分と、本当に馬鹿みたい。人が好きっていうかね、無趣味だから、小学生の時の社会の授業で習った戦争についてが私の人生で最大の刺激だったんだよ。被害も加害も酷いから、なんか、ぐわーんとアタマなったのがそれくらいだから、時々考えて、パソコンあったから調べたり、して、多分、血を見てなにか思うのも感じるのも誰だってそうなのにね。
勉強が半端にできるから、しっかりしてるね頑張り屋さんだねって言われて育ったから、なんか、そうなんだと思ってたんだよ。それなりに考えててヴィジョンを持ってるんだと、本当に、思いこんでたのに、ふと気づいたら勉強に疲れて、大学なんてどこでもいいし学部だってどこでもいいし、入学後の勉強はそれなりに楽しみなんだけども、ひどく無気力になってしまって、私は、なにがしたいのかなにが欲しいのか考えるのだけど、時間がないし、求めたところで手に入らないかもしれないし、明らかに今はそんなことしている場合じゃないの、分かってるんだけど、どこでもいいなら確実な国立を前期で抑えた方が学費的にいいんじゃないかとか、自分で払えるわけじゃないから申し訳なさで思ったり、だけど勉強はそれなりにしたいし就職のことも考えなきゃいけないし、社会、広すぎて、国際関係からでもメディア関係からでも政治・経済・法・心理・言語、どこからのアプローチでもいいと思ってしまうからどの大学でも構わないしどの学部でも構わないし、できたら都会から離れたくないからーとか、就職で有利って言われてるからーとか、そんなことを思ったり、で、申し訳なさを思い出す。泣く。
こんなに短く頻繁に泣いたのは初めてだ。ぐちゃぐちゃと泣くことは稀にあったけども、最近はぱたぱた泣く。ぱたぱた涙流してそれを拭いたら終わりで、また少しして急にぱたぱた涙が出る。昨日か一昨日、ばらばらと泣いたら泣き顔があまりに幼くて笑えなかった。小さな子供みたい。もし私の背が高かったり顔や身体や雰囲気が大人びていたりしたら泣き顔の滑稽さに笑えただろうかと考えて、目と鼻と唇がやけに赤いのを、赤鼻のトナカイの歌を思い出しながら、見て、目と鼻はともかくなんで唇が赤いんだろうなぁなんて、考えて、大学のパンフレットを投げようとしたら手が滑ってポスって可愛い音たててベッドに落ちるから、もうあまりにも、ばかばかしい。
なにがしたいのかなーって考える。熱いお風呂で本が読みたい。高校生にさぁ、さぁ決めろなんて迫らないでほしいよね、自分の将来なんて。もしかしたら皆そんなにしっかり考えてないのかもしれないよな、とも思う。「とりあえず経済学部」という人も多かろう。そうしたらやっぱり私は真面目なのかもしれない。馬鹿馬鹿しく思うだけ冷静なんじゃないかとも思う。思うのも馬鹿馬鹿しい。卒業後になにをすべきかなにができるか今の自分に言えるべくもないので社会を知ろうと思って社会学部です、と、担任との面接では言った。ふぅん、と言われた。嘘じゃないのに全然違う。嫌な面接だった。個人的なことを話すのはあんまり好きじゃない。口に出すのは嫌い。キーボード叩くのは癖。ごめん。
日記を読ませろと強いられてるような感じ。あるいは今すぐここで脱げ、とか。担任相手なら脱ぐ→面接→日記の順にやる。貧乳なのは明らかだけど頭の中まで貧しいことは私の秘密なんだよ。傍目には胸並みに明らかなことかもしれないけども。それでもさぁ、なにもないくせに、プライドはあるじゃん、18年も生きたら。だから恥かしくて情けなくて何も言いたくない。何も言いたくないときに数式解いたり英文読んだりはまだましな行為で、なにか優しく語りかけてもらってるような気になる。そういうわけでまた考えるのを止めて勉強する。多分どこかに受かって張り切って、夏休みくらいまでがっつり勉強して飽きるんだろうな。大学の講義楽しいといいな。
勉強って嫌いじゃない。と、小学生の頃から思ってた。だけど趣味でもない。
受験が終わったら一人旅をしようと思う。青春18切符で。いつか体力つけられたら屋久島に行く。読みたい本がたくさんある。それから、学びをまとめてサイトを作ろうと思う。
---
おそろしくなにも考えてない文章だなぁ。
ハイチ地震の被害を伝える写真をネットで見てたらいつの間にか気晴らしになっていて自分にがっかりした。人が号泣しているのを見て痛ましく思うのは気分のいいことかもしれないけど、そうありたくはない。絶対にないし、気分をよくするなら泣く人たちに近づいちゃいけないと思う。だけど一緒になって悲しくなっていたらなにもできないのかもしれない。痛ましいと思うなら、その痛ましさが自分にとって快ベクトルであっても、絶対値の大きさで動けばいいのかな。愛よりお金が、労働力が、とにかく助けが必要なんだったら、同情されたくないんだったら、私でもいいかな。道に死体が転がっていて回収されなくて腐って衛生問題が、なんて、ちょっと信じられない話。ハイチの空気、今、どんな臭いがするんだろう。
十数年前、学生の頃、青春18切符を使って一人旅をしようとしたことがあった。
女なのでさすがに寝袋で野宿は危険だからカプセルホテルにでも泊まろうと思って調べてみたら、当時カプセルホテルはほとんど女性は利用不可能だった。今ならマンガ喫茶のナイトパックなんかがあるけど、当時女性には安く外泊する手段というのがなかったのだった。
同じく学生の頃、風呂なしでもいいからひたすら安いアパートを探していたけど、女性では断られることが多かった。
危ないからここは女性は紹介できません、とはっきり言われた。
セキュリティを確保するには金がかかる。
同程度のセキュリティを確保するのにかかる金は男女変わらないだろうけど、女性の方が必要なセキュリティレベルは高い。
よって女のほうが、生きていくのに金がかかる。収入は少ないのに。
男はひとりでも生きていきやすい。女はひとりでは生きていきにくい。
逆説的に言えば、女のホームレスが少ないのは、女のほうが自立しにくいからだ。