はてなキーワード: オーラとは
カルト云々の話とはだいぶ軸がずれるけども。
カウンセラー志望の知り合いが、mixiで江原のことを褒めてた。
霊能者かどうかはおいといて、
相手の話を静かに聞いてやって、相手のことをうまく察して、客観的なアドバイスを与えてやる能力に長けてるんだそうだ。
アドバイスってのは、「こうしたほうがいい」とただ言うだけじゃなくて、
ちゃんと相手を納得させられる言い方をしなきゃいかんのだとかなんとか。
で、オーラやら守護霊やらは、相手をすんなり納得させるための手段に過ぎないんだと。
あ、なるほど、って感じでちょっと納得した。
アドバイスはアドバイスでも、すんなり受け入れたくなる言い方とそうでない言い方があるよなあ。
まあこの場合、霊的なものを信じない人はどうやって納得させるんだ?という疑問が残らなくもないが。
カルトの本質はその通りだと思う。だけどその入り口としては、自己完結型だと思った。
オウムは、自己完結型の「ヨガ教室」という方法でアプローチしていたと思う。
果たして、
いつも「あなたのオーラは何色?」とか言ってるおねーちゃんが、
一歩立ち止まって顧みることが出来るかどうか。
(このエントリーはhttp://anond.hatelabo.jp/20070111122307に触発されて書いたものです)
「納豆がダイエットに効く」と『あるある大事典』の中で放映したとたん、納豆パックが全国で品切れになる事態が続出しているらしい。
たしかに納豆はイソフラボンやナットウキナーゼといった成分を有しており、体質改善にも有用な食物ではあるが、一方で1日2パック以上食べると発ガンのリスクが逆に増加するといったデメリットも分かっている。
思い出せば過去にも、たとえば『午後は○○おもいッきりテレビ』や『朝ズバッ!』の中で、司会のみのもんたがココアやきな粉を紹介した時にも、このような騒ぎはあった。
家計や家族の健康を預かる身である主婦が、生活情報に耳さとくなるのはある意味当然のことではあるが、その情報源としてテレビや女性週刊誌といったマスメディアが影響力として関わる強さに関して言えば、身内からの提言とは比べ物にならないほどのものがあるのが実情だ。そのため、このような「健康番組」で取り上げる内容がスーパーマーケットでの売り上げに与える影響は、決して少なくない。
あくまで聞いた話だが、前述の『あるある』や『おもいッきり』、そして『ためしてガッテン』や『伊東家の食卓』といった番組は、こうした生活関連商品のバイヤー部門の担当者は欠かさずチェックしているのが常なのだという。真偽のほどは定かではないが、さもありなんと思わせる話である。
と、この段階でとどまっていれば問題ないのだが、困った事にテレビ番組の隙間に流されるCMには、およそ科学的根拠がみじんも感じられない、いわゆる『疑似科学』・あるいは『ニセ科学』とでも表現される原理を応用?した商品が蔓延しているのも、事実である。少しでも理系的知識があれば、疑ってかかるべき存在であるマイナスイオンやトルマリン・あるいはオーラといった物に対して、鵜呑みにしている人が身近に多かったり、あるいは身内がそういうものを信じ込んでいる人だったりすることに愕然としたはてなダイアラーは居ないだろうか。
それだけではなく、朝から昼間に掛けての番組では、大まじめに星占いや血液型占いといったものを、日替わりで流している。しょせんは「占い」なのだから、そんなものを端から信じるほうがバカなのだ、と言われてしまえばそれまでの話なのだが、統計結果との因果関係がいまだにはっきりしていないものを堂々と公共の電波に乗せて放送するというのは、およそ「公的機関」としてのマスコミの存在意義を疑うものである。
このように、マスコミは市民生活に対し多大な影響力を持つ存在であるにもかかわらず、例えば『はなまるマーケット』で「便器を掃除する際に熱湯を用いると消毒になる」といった方法を紹介した例では、実際に試して便器にヒビを入れた事故が多発するなど、苦情が殺到したケースもある。
だいたいTOTOもウェブサイトで説明してはいるが、悪臭を塞ぐ意味も兼ねて常時冷水を蓄えている便器に、いきなり熱湯をかけたりすれば膨張する部分との温度差でヒビが入るのは、ちょっと考えてみればすぐ分かることである。ドラマなどのフィクション作品での描写を真似てケガをする例ならいざ知らず、“視聴者にも実際に試してもらう”のを前提としている番組の中での紹介なのだから、単に「被害が出るとは思わなかった」と謝るだけで済む次元の話では無いはずだ。
それにしてもどうして、世間の主婦は「夫や身内からの説明」よりも、みのもんたや薬丸裕英・立川志の輔といった、身内でもなんでもない『見ず知らずの人』の言う事を、こうも簡単に信じ込んでしまうのだろうか。これでは、悪徳商法や新興宗教の勧誘に引っかかる人があとを絶たないのも、むべなるかなと感じざるを得ない。
http://anond.hatelabo.jp/20070109073629
大体あれだ、平野啓一郎もあれだよな、『日触』しか読んだことないけど漢字難しいよな、初手からお前ら文学イナゴは寄ってくんなオーラ全開だよな。昔の日本文学読んでりゃ理解出来るとか言われてもそりゃ無理っすよ、旧字体で読んでる人っているのかね。あんなのに造詣が深いのってめっちゃレアモンスターだと思うんですけど。なんかはてな内には散見されるのが面白いといえば面白いのかもしれないが。
京都大学の国語入試では漢文の代わりに擬古文(江戸―明治)があるので、工学部以外は受験期に少なくとも1冊は読んで慣れておく必要がある。そこからはまれば平野化可能。
と思ったら、平野をレアモンスター
といってるのではなく、平野を読める人をレアモンスター
と言っているのか。彼の擬古文はただの擬態でしかないから簡単に読めるよ?
ついでに言うと、世の中には普段から旧字旧かなで書く一派が存在する。
■枕部削除本題剥き出しVer.
文章なんてのは長くしようとすればどこまででも長く出来るし、短くしようと思えば結構な割合で短くなるものだと思うんですよ。
お前2時間でいいじゃんみたいな。
ただ、短く書く時には削ぎ落とされた部分を読む側が理解してないといけないという条件は付きますが。
ってことは長々と文章書いてる人ってのは読み手の力量を信用してない、ってことになるんですかね。
まぁはてブ衆愚とかネットイナゴなんてのが流行ってる昨今さもありなんな発想ではあるわけですが、エントリ書く奴が偉くて読み手は衆愚だからこんなことまでわざわざ書いてやらねばならん、みたいな。
そんな目で見ないでお願い。
それならいっそやde√blog終風先生みたいにわからん奴はもういいよ的に放置されるほうがまだマシじゃね? ってか終風先生=紫式部か。
終風日記や極東ブログは省略省略で貴族たり得ない衆愚である受験生を困惑させる源氏物語か。
挙句にシステムスルーカですか、イナゴはイナゴらしくオマニーでも見てればいいですかそうですか。
切ないなぁ、ああ切ない。
大島弓子ばりに切ないよ。
伝われこの思いの8頭身の心境ですよ。
大体あれだ、平野啓一郎もあれだよな、『日触』しか読んだことないけど漢字難しいよな、初手からお前ら文学イナゴは寄ってくんなオーラ全開だよな。
昔の日本文学読んでりゃ理解出来るとか言われてもそりゃ無理っすよ、旧字体で読んでる人っているのかね。
あんなのに造詣が深いのってめっちゃレアモンスターだと思うんですけど。
なんかはてな内には散見されるのが面白いといえば面白いのかもしれないが。
しかしまぁあんな小難しい本読むくらいならあれだね、同じ京大出身でも森見登美彦の方が全然面白いと感じちゃうね。
あ、ここでいう「非モテ」っていうのはある程度の文化資本をもった、顔面や身体に不都合があったり拗れた精神構造持ってる人ね。
(PCなんて気にしねぇ)だってボクの後ろでウメダモチオとかessaがグーグルとか権力論とかビジネスモデルとかを語れない期間工みたいな奴ははてなーではない、って囁いて来るんだもん。ここはてなだし仕方ないよね。
しかしまぁスルーってのも寂しいもんだよね。
皆が皆スルーし合って出来上がる世界ってアレだよね、なんつーかちょっとつまらんよね。
ってかこれって物象化じゃないのか。
マルクスの亡霊は未だ徘徊してるのか。
ごめんちょっと難しい言葉使ってみたかった。
中二病といいたければ言うがいいさ。
でも心の隙間に大阪のおばちゃんを忘れないでいて欲しいなぁと。
さてもう収拾がつかなくなったのでこの辺で終わりにするけど、長文批判のためにはじめたこのエントリがやたら長くなった事を心より詫びる。
どうせスルーされるんだろうなぁ。
■ウェブで長文書いて議論してるのを見ると 改行Ver.
いや、本人同士がそれでいいならいいんですけどね、どっちかが長文うぜーなーとか思ってたりする場合も多いわけじゃないですか。ただの野次馬である傍観者にとっては特にそうだと思うんですけど。
はてブに「長い」とかコメントされてるエントリとかを想起していただけるとありがたいんですけど。
どうもそういうのを見るとついついフォード・ピント事件なんかを思い出してしまうわけですよ。
知らない人はググって下さいね。一応映画にもなってたりするんでお暇なら観てみるのもいいんじゃないかとオススメしますですよ、ハイ。(邦題『訴訟』原題『The Class Action』)そんなのめんどくせーよーという人の為には解説してるアドレス貼っときますね。(http://www.fps.chuo-u.ac.jp/~cyberian/Ford_Pinto.html) んでリンク踏むのさえめんどくせーとかacドメインとか読んでもわかんねーよという先入観をお持ちのあなたの為に適当に解説しちゃいますと、フォードが日本車に押され始めた時代にこれじゃいかんってわけでコンパクト・カーを売り出したの、ピントっていう。しかしまぁリーズナブルなだけあって結構売れちゃったりしたんだけども安全設計もリーズナブルだったのが問題になって訴訟起こされちゃいました。
ちなみにアメリカの訴訟制度ってのはなかなか面白いもので、この手の訴訟だとあの有名な懲罰的損害賠償(企業が痛いな、と思う範囲まで賠償金額上げちゃっていいよ制度)と、Class Action 制度(同様の被害を受けた人は先人の訴訟結果にタダ乗り出来ちゃう制度、日本だと訴訟提起後結審前までは参加が許されたんだっけ、詳しくは知らないんでゴメンネ)のおかげで絶対負けられないんよね。
損して得取れなんて無理無理無理無理かたつむり、松下幸之助も中内功もビックリな制度。
ここら辺はまぁどうでもいいんで次行きますけど、訴訟開始前にディスカバリーって制度があるんですよ。
この手の訴訟の場合被告の企業側に証拠ってあるもんですしね。それを原告側が請求できる制度なんですよ。
といっても原告側もそんなに詳しく企業内事情を知ってるわけじゃあないんで請求内容がある程度曖昧にならざるを得ないわけでね、それを逆手に利用して、被告企業がそれこそ倉庫が一杯になる位の量の内部文書を送りつけるって行動に出るわけです。
そんなことされたら困るよねー。
原告側は何と言っても少数者であるわけだし、精査しようにも人件費が酷いことになっちゃうし、いかんともし難い状況になったよってお話(この先は映画見てね)。
ちなみにこのテクニック割とメジャーなようで僕が講義を受けた国際取引法の先生(商社出身)もやったことあるって言ってたよ。
んでこれを最初の話に無理矢理つなげると、長々と文章書いて相手に対応してる人って、誠実に答えてるようでいて実は単に目晦まししてるんじゃないの?って疑問が湧いたよってお話。
2chでよく言われるように3行までしか読めない、ってのは少々極端に過ぎると思うのだけれど、しかしそうそう長い文章を時間コストをかけて読めるわけではないよね、ってところはなんとなく理解してもらえるんじゃないかなぁ。
世の中には楽しい事やしたい事ってのが一杯あって(セックル(恋人とならタダだと思ってても多分風俗の方が安くて気持ちいいよ、次々入れ替わるから新鮮だし)とか食べ歩き(ってよりこんなところで食事してる俺/私って素敵欲望ドライブなんじゃないの)とかもっと寝たい(偽装請負ご苦労様です。所得隠ししなけりゃ設備投資費用も捻出できない世界有数の好景気大企業の下請じゃポイズン)とかデイトレード(まだやってる人いるの?)とか自己啓発(はてなとFPNってこういう腐臭がするよね、どうでもいいけど。Lifehuckだってw)とか宗教儀式(明治天皇の声が聞こえる!!とかグーグルの狂気とか)とかさ)、ネットで議論なんてモノはそのうちの一つでしかないわけだし。
しかもディスプレイとかブログっていうアーキテクチャはほんと長文読むのに適さない環境なんじゃないかとオールドタイプな僕は思ってしまうわけですけども。
A4一枚分以上は紙で読みたい。
こういう人って結構いるんじゃないかなぁと思うわけですよ。
そういう人に対して誠実にあるにはどうしたらいいのかねぇって所はこの発達した世の中でも解決されてないんじゃなかろーか。
これってビジネスチャンス?ニートのボクでも起業してお金持ちになってセックル三昧(ここまでjkondo)、金で女は買えると豪語した挙句に証券取引法違反で国策捜査の上つかまってあれやこれや的展開が期待できるかもーうはーすげー。
あ、ごめん妄想入った。
文章なんてのは長くしようとすればどこまででも長く出来るし、短くしようと思えば結構な割合で短くなるものだと思うんですよ。
お前2時間でいいじゃんみたいな。
ただ、短く書く時には削ぎ落とされた部分を読む側が理解してないといけないという条件は付きますが。
ってことは長々と文章書いてる人ってのは読み手の力量を信用してない、ってことになるんですかね。
まぁはてブ衆愚とかネットイナゴなんてのが流行ってる昨今さもありなんな発想ではあるわけですが、エントリ書く奴が偉くて読み手は衆愚だからこんなことまでわざわざ書いてやらねばならん、みたいな。
そんな目で見ないでお願い。
それならいっそやde√blog終風先生みたいにわからん奴はもういいよ的に放置されるほうがまだマシじゃね? ってか終風先生=紫式部か。
終風日記や極東ブログは省略省略で貴族たり得ない衆愚である受験生を困惑させる源氏物語か。
挙句にシステムスルーカですか、イナゴはイナゴらしくオマニーでも見てればいいですかそうですか。
切ないなぁ、ああ切ない。
大島弓子ばりに切ないよ。
伝われこの思いの8頭身の心境ですよ。
大体あれだ、平野啓一郎もあれだよな、『日触』しか読んだことないけど漢字難しいよな、初手からお前ら文学イナゴは寄ってくんなオーラ全開だよな。
昔の日本文学読んでりゃ理解出来るとか言われてもそりゃ無理っすよ、旧字体で読んでる人っているのかね。
あんなのに造詣が深いのってめっちゃレアモンスターだと思うんですけど。
なんかはてな内には散見されるのが面白いといえば面白いのかもしれないが。
しかしまぁあんな小難しい本読むくらいならあれだね、同じ京大出身でも森見登美彦の方が全然面白いと感じちゃうね。
あ、ここでいう「非モテ」っていうのはある程度の文化資本をもった、顔面や身体に不都合があったり拗れた精神構造持ってる人ね。
(PCなんて気にしねぇ)だってボクの後ろでウメダモチオとかessaがグーグルとか権力論とかビジネスモデルとかを語れない期間工みたいな奴ははてなーではない、って囁いて来るんだもん。ここはてなだし仕方ないよね。
しかしまぁスルーってのも寂しいもんだよね。
皆が皆スルーし合って出来上がる世界ってアレだよね、なんつーかちょっとつまらんよね。
ってかこれって物象化じゃないのか。
マルクスの亡霊は未だ徘徊してるのか。
ごめんちょっと難しい言葉使ってみたかった。
中二病といいたければ言うがいいさ。
でも心の隙間に大阪のおばちゃんを忘れないでいて欲しいなぁと。
さてもう収拾がつかなくなったのでこの辺で終わりにするけど、長文批判のためにはじめたこのエントリがやたら長くなった事を心より詫びる。
どうせスルーされるんだろうなぁ。
いや、本人同士がそれでいいならいいんですけどね、どっちかが長文うぜーなーとか思ってたりする場合も多いわけじゃないですか。ただの野次馬である傍観者にとっては特にそうだと思うんですけど。はてブに「長い」とかコメントされてるエントリとかを想起していただけるとありがたいんですけど。どうもそういうのを見るとついついフォード・ピント事件なんかを思い出してしまうわけですよ。知らない人はググって下さいね。一応映画にもなってたりするんでお暇なら観てみるのもいいんじゃないかとオススメしますですよ、ハイ。(邦題『訴訟』原題『The Class Action』)そんなのめんどくせーよーという人の為には解説してるアドレス貼っときますね。(http://www.fps.chuo-u.ac.jp/~cyberian/Ford_Pinto.html) んでリンク踏むのさえめんどくせーとかacドメインとか読んでもわかんねーよという先入観をお持ちのあなたの為に適当に解説しちゃいますと、フォードが日本車に押され始めた時代にこれじゃいかんってわけでコンパクト・カーを売り出したの、ピントっていう。しかしまぁリーズナブルなだけあって結構売れちゃったりしたんだけども安全設計もリーズナブルだったのが問題になって訴訟起こされちゃいました。ちなみにアメリカの訴訟制度ってのはなかなか面白いもので、この手の訴訟だとあの有名な懲罰的損害賠償(企業が痛いな、と思う範囲まで賠償金額上げちゃっていいよ制度)と、Class Action 制度(同様の被害を受けた人は先人の訴訟結果にタダ乗り出来ちゃう制度、日本だと訴訟提起後結審前までは参加が許されたんだっけ、詳しくは知らないんでゴメンネ)のおかげで絶対負けられないんよね。損して得取れなんて無理無理無理無理かたつむり、松下幸之助も中内功もビックリな制度。ここら辺はまぁどうでもいいんで次行きますけど、訴訟開始前にディスカバリーって制度があるんですよ。この手の訴訟の場合被告の企業側に証拠ってあるもんですしね。それを原告側が請求できる制度なんですよ。といっても原告側もそんなに詳しく企業内事情を知ってるわけじゃあないんで請求内容がある程度曖昧にならざるを得ないわけでね、それを逆手に利用して、被告企業がそれこそ倉庫が一杯になる位の量の内部文書を送りつけるって行動に出るわけです。そんなことされたら困るよねー。原告側は何と言っても少数者であるわけだし、精査しようにも人件費が酷いことになっちゃうし、いかんともし難い状況になったよってお話(この先は映画見てね)。ちなみにこのテクニック割とメジャーなようで僕が講義を受けた国際取引法の先生(商社出身)もやったことあるって言ってたよ。んでこれを最初の話に無理矢理つなげると、長々と文章書いて相手に対応してる人って、誠実に答えてるようでいて実は単に目晦まししてるんじゃないの?って疑問が湧いたよってお話。2chでよく言われるように3行までしか読めない、ってのは少々極端に過ぎると思うのだけれど、しかしそうそう長い文章を時間コストをかけて読めるわけではないよね、ってところはなんとなく理解してもらえるんじゃないかなぁ。世の中には楽しい事やしたい事ってのが一杯あって(セックル(恋人とならタダだと思ってても多分風俗の方が安くて気持ちいいよ、次々入れ替わるから新鮮だし)とか食べ歩き(ってよりこんなところで食事してる俺/私って素敵欲望ドライブなんじゃないの)とかもっと寝たい(偽装請負ご苦労様です。所得隠ししなけりゃ設備投資費用も捻出できない世界有数の好景気大企業の下請じゃポイズン)とかデイトレード(まだやってる人いるの?)とか自己啓発(はてなとFPNってこういう腐臭がするよね、どうでもいいけど。Lifehackだってw)とか宗教儀式(明治天皇の声が聞こえる!!とかグーグルの狂気とか)とかさ)、ネットで議論なんてモノはそのうちの一つでしかないわけだし。しかもディスプレイとかブログっていうアーキテクチャはほんと長文読むのに適さない環境なんじゃないかとオールドタイプな僕は思ってしまうわけですけども。A4一枚分以上は紙で読みたい。こういう人って結構いるんじゃないかなぁと思うわけですよ。そういう人に対して誠実にあるにはどうしたらいいのかねぇって所はこの発達した世の中でも解決されてないんじゃなかろーか。これってビジネスチャンス?ニートのボクでも起業してお金持ちになってセックル三昧(ここまでjkondo)、金で女は買えると豪語した挙句に証券取引法違反で国策捜査の上つかまってあれやこれや的展開が期待できるかもーうはーすげー。あ、ごめん妄想入った。文章なんてのは長くしようとすればどこまででも長く出来るし、短くしようと思えば結構な割合で短くなるものだと思うんですよ。それこそ昨年末のK-1みたいな。お前2時間でいいじゃんみたいな。ただ、短く書く時には削ぎ落とされた部分を読む側が理解してないといけないという条件は付きますが。ってことは長々と文章書いてる人ってのは読み手の力量を信用してない、ってことになるんですかね。まぁはてブ衆愚とかネットイナゴなんてのが流行ってる昨今さもありなんな発想ではあるわけですが、エントリ書く奴が偉くて読み手は衆愚だからこんなことまでわざわざ書いてやらねばならん、みたいな。そんな目で見ないでお願い。それならいっそやde√blog終風先生みたいにわからん奴はもういいよ的に放置されるほうがまだマシじゃね? ってか終風先生=紫式部か。終風日記や極東ブログは省略省略で貴族たり得ない衆愚である受験生を困惑させる源氏物語か。挙句にシステムスルーカですか、イナゴはイナゴらしくオマニーでも見てればいいですかそうですか。切ないなぁ、ああ切ない。大島弓子ばりに切ないよ。伝われこの思いの8頭身の心境ですよ。大体あれだ、平野啓一郎もあれだよな、『日触』しか読んだことないけど漢字難しいよな、初手からお前ら文学イナゴは寄ってくんなオーラ全開だよな。昔の日本文学読んでりゃ理解出来るとか言われてもそりゃ無理っすよ、旧字体で読んでる人っているのかね。あんなのに造詣が深いのってめっちゃレアモンスターだと思うんですけど。なんかはてな内には散見されるのが面白いといえば面白いのかもしれないが。しかしまぁあんな小難しい本読むくらいならあれだね、同じ京大出身でも森見登美彦の方が全然面白いと感じちゃうね。非モテでわーわー言ってる人は『太陽の塔』でも読むといいよ。あ、ここでいう「非モテ」っていうのはある程度の文化資本をもった、顔面や身体に不都合があったり拗れた精神構造持ってる人ね。(PCなんて気にしねぇ)だってボクの後ろでウメダモチオとかessaがグーグルとか権力論とかビジネスモデルとかを語れない期間工みたいな奴ははてなーではない、って囁いて来るんだもん。ここはてなだし仕方ないよね。しかしまぁスルーってのも寂しいもんだよね。皆が皆スルーし合って出来上がる世界ってアレだよね、なんつーかちょっとつまらんよね。ってかこれって物象化じゃないのか。マルクスの亡霊は未だ徘徊してるのか。ごめんちょっと難しい言葉使ってみたかった。中二病といいたければ言うがいいさ。でも心の隙間に大阪のおばちゃんを忘れないでいて欲しいなぁと。さてもう収拾がつかなくなったのでこの辺で終わりにするけど、長文批判のためにはじめたこのエントリがやたら長くなった事を心より詫びる。どうせスルーされるんだろうなぁ。
神様が小さく短くなってきたんじゃないか、と時々考える。
人生が虚しければ、生活の中でデスクトップに載る神様を置けばいい。
水の結晶とか血液型とかオーラとかあるあるとか、あのへんも小さな神様で。
ネットを見れば、毎日どこかで「神」が降臨、「祭り」が勃発、「信者」が共闘したり対立したりする。
それをリアルタイムで眺めて、どの勢力にでも適当に参加し、短期間でその結果を目撃できる。
そんな時代に、世界破滅の未来予言と悪の粛清を唱えて大集合の号令をかける教祖様がいても、人が寄って来なさそうだ。
バブル期と現在の空気が似てきている気がしつつも、何かそのあたりで決定的に違ってて、案外大丈夫なんじゃない?という気がする。
スルーりょくって読んでた私も、スラドで「オーラ力的に読むのかと思ってた」とかなんとかっていう書き込みを見てからスルーちからと読むようになりました。
ちなみにオーラ力(ちから)ってのは