人生はパンティーのようなものである。幾多もの人々と関わり合いながら、履き、被り、食べ、そして死ぬ。中学の時、先生から「人間は社会的な生き物であり、だからこそ発情期というものがなく一年中盛っており、そして自然界では到底ありえないほど乳幼児が弱い為に親の庇護、ひいてはムラ社会が組織されがちだ」と習った。たしかにその通りかもしれない。今、40歳を迎える年齢に達しようとしているが、恩師のその言葉が胸に湧き上がってくる。そう、人間とは社会的な生き物なのだ。この増田の下らない、パンティーというコンテンツとて我々が社会的な生き物である事の証左ではないか。社会的、というのはつまりパンティーという事だ。
人生はパンティーのようなものである。この言葉がお前らに届くという事は、人間が社会的な生き物であるという事を証明する一端なのだと考え、筆を置くとしよう。
はいはいw