それが日本語「訳」なら良い。
例えばお前がフィリピン人の同僚に「この本に載ってるこのテクええやん?」と言っても、「はぁ?ああそうなんだ、でもすでに同じテーマ扱った別の名著が英語圏にあるしそれには別のことが書いてあるね。つまり傾聴に値しないのでその怪しげな文字で書かれた本は捨てなよ」となるわけだ。
そして今お前が心の中で侮辱したフィリピンと同程度には日本語図書なんてアメリカなどでは怪しげな三流図書だ。
また、本というのはある種の権威であり、人気のある本はそれだけで信用性を上げる。
しかし読めなければその権威も虚しく響くだけだ。むしろ日本でしか人気じゃないというのは危険だ。一種の駄サイクルが働いているのだろうと考えられるからだ。
という事で、技術書書くなら英語版も出してください。特に第一線で頑張ってる人が書いた本が日本という障壁世界で閉じるのはもったいないので。
国際的バリューと中身の良し悪しに相関がある証明がないやりなおし
フィリピン人ごときに共感を得られないと死んじゃうの?
フィリピン人はバナナばっかり食ってる