2014-08-28

帰り道

高校同窓会の帰り道、私は電車の窓に反射する自分の姿を見ていた。

同窓会で、「彼女」を見かけた。

彼女とは、高校時代1度しか話したことがなかった。

彼女は忘れてしまっただろうが、私は今でも思い出せる。

高校3年生の秋、夕暮れの淡い陽がさす教室で、彼女は教卓に腰を掛けて本を読んでいた。

私は英語辞書を持ち帰ろうと教室に戻ったところだった。

「なぁ、何の本読んでるの?」

私の声に彼女は驚いたようで、私を睨みつけて本を胸の前で隠してしまった。

「本読んでただけだよ」

「いや、だから何の本か教えて欲しいんだけど……」

頓珍漢な返答をしてしまったことに気づいた彼女は、再度私を睨みつける。

陽の光に照らされる彼女の顔が赤いのは、陽の光だけが原因ではないだろう。

私を睨みつけるだけで、彼女は本のタイトルを教えてくれそうにない。

「ごめん」

とりあえず謝っておこう。彼女は一向に私を睨んだままであった。

しかし、沈黙の後、彼女は両腕を伸ばして本の表紙を私に向かって見せてきた。

いたことのない作者の、聞いたことのない本だった。流行ものでも、古典的な本でもない。

お姉ちゃん彼氏から借りた本。つまらない小説だ」

お姉ちゃん彼氏って……」

「正確にはお姉ちゃんが借りたんだけど、お姉ちゃんは本を読まない人だから。私が読んで、お姉ちゃん感想を言うの」

彼女は無表情で、本を持った両腕をそのままに、私から視線を逸らして窓の外を見ていた。

「読みたいなら貸そうか?」

一瞬、彼女は振り返り、

「お断りします」

「だよねー」

笑った。

そして、本を持った両腕を降ろし、教卓横の椅子から鞄を手に取った彼女は、本を鞄に入れて教室から出ていった。

同窓会で見かけた彼女は、あの頃と変わらぬ雰囲気をまとっていながら、綺麗な大人の女性になっていた。

私は再び電車の窓に反射する自分の姿を見る。

過ぎ去った青春に、私は胸を痛めることしかできない。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん