私のざっくりとした体感としては、周囲の人間の半分くらいがこの季節をうっとうしがっている。
風が吹けばくしゃみをし、くしゃみをしては「伐採したい」と呟く。
陽気な日には陰気そうにしていて、マスクの奥で鼻をずびずび鳴らしている。
私の同僚が、やっぱり花粉症だった。
別に珍しいことじゃない。彼女以外にも花粉症の同僚はたくさんいる。
だけどいつもはしていないマスクを付けて、くしゃみをたくさんしていたので、つい言ってしまった。「大変だね」って。
"お愛想"のつもりじゃ全然なかった。
でもあんなに大きなくしゃみを聞いてしまったんだから、知らんぷりしてるのも変だし、精一杯のいたわりのつもりで「大変だね」と言ったのだ。
同僚は恐い顔をした。不機嫌に静かな怒りを混ぜ込んだような、恐い顔。
「あのね、その大変だねっての、止めてくれない?」
そう言われた私はたぶん、きょとんとした顔をしてしまったのだろう。同僚はそのまま続けた。
そりゃそっちは花粉症のしんどさをわからないなりにわかろうとしてくれてるんでしょ、それくらいこっちにだってわかるよ。
でもそういう、ホントに"わかって"もないのにわかったような口ぶりって、こっちとしちゃどうしてもムカついちゃうの。
ムカつくところじゃないって、怒ったってしょうがないんだって頭じゃわかってても、やっぱりムカつくの。
その「大変だね」って、男が生理中の女に向かって言ってくる「生理って大変だね」ってのとおんなじくらい、どうしようもなくからっぽなんだよ」
生理の話は、すごく明快なたとえだったので、私はなるほどなぁと頷いた。
男の人に、生理痛の痛みはわからない。知識としてはみんな知っていることだし、「大変だね」と心配してくれる人もたまにいて、やさしいな人だなとありがたく思う。
でも言われた方は、「知りもしないくせに」って思う時がある。
「この下腹部がずしんと重くなる感覚も、どろりと血が流れ落ちる気持ち悪さも、とつぜん視界を薄暗くするめまいも、"味わって"みたことがないくせに」って。
そう、男の人の生理に対する心配や同情って、どこか「からっぽ」だ。
中身がつまってない感じ。裏打ちされてない感じ。もっと感覚的に言っちゃうと、「ぽかーんとした感じ」。
「大変だね」は便利な言葉だった。その場しのぎの、言っておけばとりあえずやさしい人になれる気がするような、お手軽な言葉。
とりあえず沈黙を埋めてくれる、"気の利かない私のための"無難な言葉。