もちろん個人の価値判断として国のために働きたいとか、国のためになってる(まあそれもどこまで真実か分からんが)商品を買うのは別にいい。自由だ。だけどメディアに対して反日では「ならない」っていう人は知能が足りないんじゃないか。自由民主主義国家を曲がりなりにも標榜する日本で、国家批判は是とされる表現の第一だと思うし、それが国の度量ってもんだろ。国家への批判を許さないっていう態度は北のお国となにも違わない。自分は別に愛国主義運動がことさらに悪だとか害だとか思わないけど、自らも言論の自由の中に生きている一つの言説であって、君たちの反日と呼ぶものと同じ枠の中で戦ってるんだと知ってものごとを論じて欲しい。いやヘイトスピーチには言論の自由が与えられてないんだとかいう人はぜひ京都の判決全文読んで。
なにがいいたいかまとめると、物事を批判するときに「反日だ」っていう理由で纏めるなということです。それだけではなんの悪でもない。利益が害されることを説明できて初めて君たちの言葉は届くんだと思うよ。
なんで「反日」と「国家批判」を同じ意味で使ってんの?
反日というのは右翼だろうと左翼だろうと与党だろうと野党だろうと日本人をバッシングするという物で、日本人には不可能。 自国政府批判というのは非与党による与党批判であるから...