自由民主主義国家□□の国民たちは毎日仕事を中断してホールに集まり、大きなテレスクリーンの前で、国家と国民の敵(特に××××ら)が登場する映像を見せられ、画面上の敵の姿や敵の思想に対してありったけの憎悪を見せなければならない。この「日課」が二分間憎悪である。
二分間憎悪でテレスクリーンに流される映像や音響は国民たちの心に反射的な恐怖と憤怒を沸き起こらせる。映像が始まり、国民最大の敵××××の姿が現れ、国民たちは非難の唸り声をあげ、やがて30秒もたたないうちに怒号をあげるようになる。映像の中の××××は誇張されたような調子で○○○○への非難をまくしたてる。その後ろでは△△△△たちが◎◎をする映像が流れており、××××の背後に敵国があることを強調する。
これらを見せられて熱狂的に憎悪をつのらせた国民が飛び上がったりテレスクリーンに物を投げつけるのも珍しいことではない。普段はおとなしいわたしも含め全員が、番組や周囲の空気に完全に同化し、恍惚感や破壊欲に貫かれ、絶叫しながら××××に憎悪の矛先を向けるようになる。番組の最後のほうでは××××の声が△△△△になり、その顔が○○○○に変わり、さらに□□□□へと変わる。ところがその瞬間、□□□□の顔は「○○○○」の落ち着きに満ちた顔へと変わり、直前まで恐怖していた人々は一斉に安堵のため息を漏らす。「○○○○」の顔が消え、「戦争は平和である 自由は屈従である 無知は力である」のスローガンが現れても国民たちの感動は収まらず、陶酔したように「○○○○」の愛称の低い合唱を続ける。