2012-05-18

冤罪

国境トンネルを抜けると雪国であった。

夜の底が白くなった。

信号所に汽車が止まった。

向側の座席から娘が…。

娘が…。

娘…。

しか娘が…。

えっ。

何。

娘がね。

いたんだよ。

向側の座席にね。

えっ。

夜の底。

意味がわからないって。

暗いっていう意味だよ。

暗かったんだよ。

それが雪で明るくなったの。

学が無いねお前は。

辞書を引きなさい。

かい側の座席から娘が…。

えっ。

何。

うるさいな。

私は執筆中だよ。

ちゃごちゃうるさいね

蛇口が凍って水が出ないって。

いつも寝る前に水を出しておきなさいといってあるだろう。

今日珈琲はいらないから。

いらないから。

お前さん、珈琲がいらないって言って

いるんだからカフェオレエスプレッソ

いらないに決まっているだろう。

一休さんみたいな屁理屈を言うんじゃないよ。

さっきからね。

言っているけれども。

言っているけれども。

私は執筆中だよ。

ちょっと黙っといておくれ。

えっ。

何。

キャラメルマキアート抹茶フラペチーノもいらないよ。

お前さん、私が買いに行けっていったら、

スターバックスに買いに行くのかい

行かないだろう。

ちょっとそこの醤油をとってくれっていう私の頼みも

無碍にするお前さんが、おつかいなんて行かないだろう。

うん。

そうか。

本当に行かないんだな。

一家の大黒柱が頼んでも行かないんだな。

そうか。

じゃあ黙っといておくれ。

早くこの原稿を書かなきゃいけないんだから

文藝春秋に出さないとまずいんだから

えっと。

どこからだっけ。

ここか。

国境トンネルを抜けると雪国であった。

夜の底が白くなった。

信号所に汽車が止まった。

向側の座席から娘が立って、横を通る車掌の腕を掴み、

大きな声を上げた。

「前に座っている人、痴漢です!」

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