2011-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20110418011647

返事どうもありがとう

ミスとしては大きいが、ポンプ停止3時間現在燃料棒ダメージの決定的なものとは考えにくいので、あのミスはあろうがなかろうがLV7だったと思う。

燃料切れになるまで2号機は水位は上がってたんじゃなかったっけ?それがそもそも計器のエラーだってこと?水浸しになってさえいれば気化熱で冷却はどんどん進んでくれそうに思うけどその認識は誤り?だとするとそもそも2号機は非常に脆弱だったということ?とすると想像していた以上に深刻だな。

原発近傍放射線濃度が滅茶苦茶高くて長時間いられないのでそれを度外視して「なんで持ち場を離れたんだ!」「張り付いて見てろよ!」とか殺人的な批判をされるんだろうなと思うと胸が熱くなるぜ。

当時はまだμSvのオーダーだったんじゃなかった?どちらにしても1時間に1度見回ることぐらいはしてるものだと思ってたけど。

だいぶ前に共産党からの質問に対してそんなことは起こらないので考慮しませんと答えてるからねぇ。現実は「起こらないということになっていましただが……

ということは「禁止されていた」のと同じになってしまうの?あまり役所の仕組みがよくわかってないのだけれど。

実は格納容器から水素漏れるケースについてすら保安院は会見で「設計上は格納容器から水素漏れないようになっているので、国の安全基準では水素漏れについての設計上の手当は無い」とか言ってたりする。爆発前日に菅がこの件で安全委にブチ切れてたという報道もあったが、役人はそう答えるしかないんで役人役人で気の毒な話だよ……。

ということはベント自体もそもそも禁止だった?

しかしなんでそもそも「想定することすらタブー」だったんだろう。「絶対安全」と言わないと反対運動がアレだから政治的な理由でそうなってしまったってこと?

  • 当時の政権が「万が一にも絶対重大事故は起こりません」と言って推進していて、起こるとしても軽微な事故に限られるという前提で地元に「迷惑料」を払ってきた。これで「重大事故...

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