結果なぁ、
実例は出せないので、わりと、わかりやすいサブプライムから例をとってくると
サブプライムで問題を仕込んだ奴らって、サブプライムで大分結果をだして、金儲けたよね。
で、損をしたのは一般投資家と。
世の中なぁ・・・システム全体から見ると損な結果を出していても短期的に切り抜ければ儲かる。
って方が、地道な努力よりも儲かるからなぁ。ってのは、どこの会社でもある話
そんな世界で結果っていわれてもなぁ、地道に結果出すけど、凹むんだよね
人心を一新するために元号を切り替える、みたいな社会的な理由がない限り、単一の暦を使い続ける方が合理的だと思う。
あえて変える必要はないんでないの?
都会の進学校出身だが、俺も中学まではだいたい下の引用部みたいな感じでした。
■歴史の授業
「正直江戸時代までの日本史なんて、中学まででも概要はやってるし、全員が勉強すべきものでもない」
「だから全員が勉強すべきは幕末以降なので、そこから昭和までだけを1年間やる」
「日本史と同様の理由で、中世ヨーロッパから、第一次世界大戦あたりまでだけやる」
「第一次世界大戦以降は日本史ともかぶるから3年で選択した奴だけが勉強すればいい」
途中で文系理系に分かれてしまうので、日本史/世界史は1年間、
つまり全カリキュラムの半分しか学べない奴が居ることを踏まえての方針でした。
そんなわけで一番面白いところを勉強できなかった皆はかわいそうだなと思いつつ
俺はラッキーだったと思うのでありました。今でも。
そのうち、あるべきネットの姿という議論が無くなる。
ネットにつながっている事が当たり前になり、ネットが人々の意識にのぼらなくなるので。
電話番号とかメアドとかいちいち思い出さなくても連絡取り合えるように。
超未来設定で人類が地球外でも生活してるのが当たり前になってるような世界設定のSFで、
「西暦○○年」なんて表記を使ってるモノを見るとウボァ…ってなる
おまえは「泳げたいやきくん」は許せるのか?
おかしい流行を数え上げていくときりが無い。
HotButterのPopcornをなぜ世間の小学校は狂ったようにかけまくっていたのか。
横からだけど
あー、そうなんだよねー。風俗好き好きとか、キャバ好き好きとかになれれば、もう少し人生が楽しくなるんだろうけどなぁ・・・。
人類という種族が苦手 つーか、 なんつーか。なので、
畜生類に生まれるよりは人間に生まれて幸せで、日本に生まれて幸せだけど
まわりに、人間しかまともな知的生命体がいないってのは、辛い。
http://anond.hatelabo.jp/20090308155609
レス間違えた。こっち。
仕事の上で自分に与えられたこと、やらねばならないことを限られた時間の中で要領よく片付けて、上手いこと成果を出して、ってな感じで仕事な自分モードで乗り切りますよ。仕事は結果がでるから嫌いじゃないナー。
そういえば、世阿弥(が起源といわれている)の「守・破・離」をいう人はいても、
元増田は発声とか話し方の問題を語ってるけど、単純に「いい声」の男は間違いなくモテる。
よく男は視覚で興奮し、女は聴覚で興奮するっていうけど、ほんと顔はイマイチでも
いい声の男ってすごくセクシーに感じるんだよね。
私はキムタクがあれだけ人気出たのは、声がいいっていうのもあると思う。
凄く乱暴にざっくりとしたことを言うと、
それは、印刷であれ、ウェブであれ、固有の条件が何かを把握する能力。
本当に優れたデザイナーはそういった条件を踏まえて更に新しい何かを生み出そうとするもの。
お互いの立場をリスペクトして仕事が出来ないのは、双方に固有の技術はあっても相手のよさを理解するコミュニケーション能力が無いから。
テニスで言うと壁打ちは上手だけど、ラリーが続けられないタイプだって事かな。
よくよく話し合って理解しあっていいもの作ってねー。
触れてないから楽しみ方が分からなくて、必要性が感じられないだけでしょ。楽しみ方が分かればどう転ぶかは分からない。
好みも問題もあるけど、それならどうにかして、そういう人たちから興味を持ってもらって楽しみ方を覚えてもらうかを考えた方がいいんじゃないかな。
そういうのをやってるところはあるけど、やっぱり日本全体に浸透させるのは難しいような気もする。
あと、文化って高尚になればなるほど間口が狭くなるよね。歌舞伎も庶民文化から離れてしまって伝統芸能になってしまっている。
どんな時代も一定の割合で、そういったものに理解を示さない(示せない)人がいるからある意味仕方の無い事だなとは思う。
何をもって文化とするか、という問題もあるけど、長く続いてなきゃ文化じゃないの?という事も考えなくてはならない。
「何も文化を生み出してない」というけれど、将来、どうなるかは分からないし。今、いらない、くだらないと思っているものが、研究対象になったりするかもよ。
お金を払う事に対して積極的でないのは、単純に物量に対して所持金が少ないからではないのかと思う。
今大量に物(情報)が溢れているけど、いいなと思ったものに対してお金をいくらでもつぎ込めるのは、もう少し大人にならないと無理なのでは。
近年は情報が溢れすぎてて、いわゆる文化を取り巻く環境も変わっていってるけど、本当にそれが文化を殺す事になるのかはわからない。
著作元にお金がちゃんといくシステムは残さなきゃいけないと思うけどねー。お金がまわらないと、何も出てこなくなるんじゃないかという危機感はある。
ただ需要がないと、文化や伝統は廃れていくものだと思います。無理やりにでも存続させるか、記録だけ残って消えていくか道は様々だけどね。
結構支離滅裂だな。ごめん。
私が田舎の出身で 田舎の中学でほどほどの高校だったからなのか?とも思わないでもないが、
むしろ江戸に入ったくらいからはほとんどやってないような記憶だ。
これは私だけなのか?少数派なのかな。
というのも、大人になってから突然、幕末にはまった。
きっかけは竜馬がゆく。 あまりにも面白い彼の生きざまに心を奪われた。
そのあと 逆の立場である新撰組について読み、手を組むことになる長州の人たちのものを読んだりしている。
そしてその辺を埋めていくと今度は日本の近代史が気になってくるわけだ。
どうしてあんな戦争をすることになったのか、について。
あんなにがんばって明治維新が起きて、どういう経緯で戦争になって、そもそもほんとに勝てると思っていたのかとか、戦後のあまりの変わりっぷりとか。いろいろについて。
で、気になってきたらふと気がついたわけだ。歴史の教科書にはどうやって載ってるんだっけ?と。
残念ながら卒業してもう●年もたつので自分の教科書などあるわけもなく。
なんとなくうすらぼんやりと「教科書にはどう書いてあって、で、他の本だとどう書いてあるんだろうなぁ」と気になってしょうがない。
そういえば、学生時代から歴史の教科書は文庫本の気分でひまつぶしに読んだりしてたなぁ。
あーっ。読みたい。歴史の本。
老人は割合保護されてるよな。
私は、どちらかというと自己責任論者だと思うけど、
あまり主張したくないんだよ。
かと言って安易に社会保障充実化、高福祉化は反対なんだよな。
そうすると物価があがるし、ただでさえ不況なのに企業は競争力失う。
ヘタすると「セーフティネット充実してるから、働かない。」ってやつも出てくると思う。
結局、今のまま自己責任論はベストではないけど、ベターに思える。
難しい問題ですね。
コンクリート打ちっぱなしってのは言葉で言うほど簡単ではないの。
表面がそのまま使える精度で型枠を仕上げて、肩はずしてからモルタルで表面を仕上げる。
それはともかく、
芸術としての建築、メッセージを発信する建築の意義がわからない元増田には何言ってもわからないんだろうなあ。
試しに自分の目で見てみたら?
多分「その程度」で満足できちゃうんだと思うぞ、この子達。
個人的には『ハトのおよめさん』と『世にも奇妙な漫☆画太郎』です。
えーと、今ジャンプでやってる『いぬまるだしっ』ってのもちょっと気になってますが、
肌に合うでしょうかねぇ……。
うーん、別に興味はないんだけどね・・。
ただ、土曜日のミュージックフェアをたまたま見て そこに出ていたゴスペラーズに驚いてしまった。
・・あ、ゴスペラーズもどうでもいいほうの人なんですけど。
上手だなぁとはつねづね思っていますけど。
今回の新曲なのかな。1、2、3、for5 っていう曲をやっていたんだけども
ゴスペラーズってしっとりと美しいコーラスワークでアカペラをいれつつバラードを歌うという
イメージだったのに対して、今回のこの曲はちょっとソウルなディスコな曲調。
で、踊りながら歌ってるんです。
でも充分かっこよかった。
ていうか、軽くテンションあがるくらいかっこよかった。
エンタテイメントの「売り物」としてダンスだけだと成り立たないから、エグザイルみたいのが成立するのはよーくわかってはいるんだけども、やっぱさー。
バーターってかっちょわるいよなって思ってしまいましたよ・・。
なんか結局どっちのいいとこも相殺しあってる気がする。
そういうことを、今回のゴスペラーズを見て思いました。