実家の父から電話。まだ朝の7時だ。しかも昨日母と電話で話したばかりなのに(その時後ろに父もいた)、緊急事態かと肝が冷えた。
小康状態が続いている母の病状説明、というのは口実で、わたしの夢を見たんだという。どんな夢だったかは云わない、ただ「元気か、変わったことないか」とだけ訊くので「べつになんにもないよ」と答えると、元々会話も少ない父娘のことだから電話はそこで終わり。
切ってから、ああ、わたしまだ死ねないんだなあと思った。どれだけしんどくてもかなしくてもこの人たちが生きている間は死ねないんだなあ。朝から泣いた。
違った。
http://plaza.rakuten.co.jp/dontennari/diary/200811170000/
美味さも不味さも倍増するんだ。
ベストセラーも似た感じがする。
お兄ちゃん落ち着いてー。「いくら兄妹でも聞けない」なんて云わずに、まずは親経由ででもいいから病状確認してー。まだロクに状況も分かってないのに「将来は俺がみなきゃ」「なんとかwebで食えるようにしてやらなきゃ」「結婚できないフラグ?」とかはっちゃけ過ぎよ。そんなんじゃ、本人が一番辛いのに自分のことばっかり考えてるみたいで、妹も素直にお兄ちゃんの話聞けなくなっちゃうよ。楽観できないのは確かなんだろうけど、順序ってものがある。なにより妹さん本人の気持ちがしっかりしないことには話は進まない。この先長くて困難なことが予想されるなら、なおのこと一時の感情じゃなくて、何が可能で何が不可能かっていう事実を積み上げることが、心を落ち着かせてくれる場合だってあると思う。どんな病気か分からないけど、障害を持ってても結婚してる人はたくさんいるよ。ニートだっていつまでもそのままかどうかわからないよ。
そうなんですよ、単純に面白くないんだよね。
よし釣られてやるぞ、と気合入れて読みかけても、何か途中でどうでもよくなって気付いたら別のことやってしまう。俺が釣られないくらいだから相当だぞ。
高菜、食べてしまったんですか!!??
本当、それが基本よねえ。来年はそれ忘れずに過ごしますわ。
一、己の創造物を作品と言いはれ(自分の創った物にプライドも持てないのに他人に見せようとするのは思いあがりも甚だしい)
二、他者の創造物を積極的に批判すべき(批判批評は己の観察眼を養う訓練にもなる。また、他人に敵愾心を抱くことはモチベーションアップにも繋がる。)。
三、創造にじっくり時間をかけろ(『急がば回れ』だ。作品完成後に一晩以上寝かせることで新たに見えてくるものだってある)。
四、己の創造物を懇切丁寧に解説しろ(お前の崇高な理念や深い暗喩や示唆なんて誰も理解しちゃくれない。ヤツらは馬鹿だ。上っ面を撫でるだけで、実際何も考えない。ましてやお前が伝えたいことなんて一パーセントも理解していない。考えてもみろ。なんで「製作者への直接インタビュー」記事があんなにもありがたられるのかを)
五、自分のほうが先に考えていた、と主張しろ。そして自分が先に行ったかのように装え(仮にそれが嘘であってもだ。創作は政治だ。歴史改竄は人類に許された最高の芸術だ)。
六、昔から温めていた発想を使用しろ(何年も置いて尚斬新に見えるアイディアこそが受け手が求めるものだ)。
七、失敗したら言い訳しろ(負けは認めるから負けになるのだ。諦めが早い良い子ちゃんは生き馬の目を抜く創作界隈で生き残れない)。
八、受け手を批判しろ(馬鹿を馬鹿と言って何が悪い? 好みが合わないのなら早々に離れた方が互いのためだろう?)。
九、受け手は選べ(下手な人間に目をつけられると君の作品が多分に曲解されて世間に伝わってしまう恐れがある。それで君は幸せなのか?)。
十、造物主であることを自負しろ(一におなじ。常に誇りを高く持つべし。)。
いい体してますね うらやましい
ラーメンである必要性があまり感じられない
数日前、あるラーメン屋の前に長蛇の列を見た。
寒空の下、肩を震わせ足踏みしてまで列をなす彼らのエネルギーはいったいどこからやってくるのか不思議だった。
寒さに苦しむ顔をしていながら、彼らの表情からはあきらかに喜びが感じられる。
まるで矛盾している彼らに、冷たい滝にうたれる僧侶の姿が重なった。
修行中の僧侶はさぞや苦しんでいるかと思いきや、実はこのうえない喜びを感じているらしいという話を聞いたからだ。
ラーメンは好きだけど、はっきりいって有名ラーメン屋のラーメンの味がほかとくらべて別格に美味しいとは正直感じられない。
有名ラーメン屋は際だって舌の肥えた人を相手に味をチューニングしていて、それは一般人には及びもつかない領域だ。
有名ラーメン屋の前に列をなす人々は、メディアが偶像として演出した有名ラーメン屋の信者になったんだろう。
彼らが列をなしているのはラーメンの味を楽しむためではなく、ラーメン屋の中で宗教的体験をするためだったんだ。
宗教というと批判的な態度かと取られそうだけど、そうではない。
純度の高い宗教的な体験を味わうためには、高い集中力が必要に違いない。
俺が宗教的体験に没入できなかったり、有名ラーメン屋の列の一部になれないのは集中力が足りないからだ。
有名ラーメン屋にならぶ彼らを見たとき、一瞬ばかにしてしまった。
プログラム全く知らないのですが
Rubyの基本書(たのしいRuby)を読み終えて、一通り練習問題とかも打ち込んで実行してみて
動きは分かったんですけど、正直身についたとは思えないし、これで何が作れるという感覚も無い
私はこれからどうしたらいいでしょうか
ガリガリ書いてみて苦労を知った上でフレームワークを使わないと
仕組みとか、ありがたみが分からなくなると書かれていました。
道しるべプリーズ
誰を非表示にしたか覚えてないんだけど どうやって確認するんだ?
非表示にしたリストか何かを表示させる操作方法を知りたいのだが
覚えてないと誰を非表示にしたか分からないのかな
「もう一緒にアニメ見てあげないよ!?」って言ったら
「いいよ、別に」ってますますすねちゃって
「もう散らばった部屋の整理だってしてあげないから!!」って言っても
「自分でできるからいいもん」って頑なだったからつい
「エッチ一生できないよ!!」って言ったら「えーっヤダ」だって。そんで謝った。
その時は謝らせた快感でゾクゾクしてたけど今考えたらむかつく!
元増田だけども。
「プログラミング」の最初期は、
を使って、思ったことを実現すること(問題→モデル化→実装→実行)を実現するだけで充分だと思う。(テストとか汎用化はもっと先)
Pythonのすべての機能を使うのではなくて「前提知識が少なくて良く、できるだけ書かなければならないことが少なく、他の言語に移行できる程度には特殊でない」のを満たすのがPythonかなあと。(個人的には、字下げなんかのプログラミングスタイルを強制して覚えさせるのも向いてるとは思うけど)
そういった意味で、プログラミングに親しむ・練習問題を実装してみるのには、Cは不向きだと思う。
だけれども、純粋にアルゴリズムを学ぶでもなく、純粋に完成された設計でもなく、実装するのにすごく手間が掛かるわけでなく、自分の足を撃つのが容易であるような、C言語を学んでおくのは「仕事っていろんなトレードオフでできてるのね」というのを体得できてすごく良いと思うんだけどね。
http://msn1.sunmarie.com/consult/index_1036.html
もう少しお付き合いしてからと思って、返事を保留にしていたら、
彼は、毎日毎日お母さんから反対されて、かなりまいっていたようです。
私はやっぱり彼のことが好きだし、返事を保留にしていたことを後悔しています。
今は結婚したいと思っていることを伝えたいと思って、
私から連絡をしても、一切返事をくれません。
このまま自然消滅するのか、
彼の家へ乗り込んででも、今の彼の気持ちを聞こうか悩んでいます。
「もう合わない方がいい」のメールがあったんならちっとも自然消滅じゃねーじゃねーか!
でも、彼の別れの大きな理由は、すでにあなたにも伝えられていたことなのだと思いますよ。
つまり「彼のお母様が、反対している」ということです。
ちがうだろー。保留だよ。保留が致命的だよ。
女は選びたい生き物だから保留当たり前なんだろうけど男にとったらああもうダメだと思うぜ。
なにしろ自分は保留されるような奴なんだから。
相手を選ぶというのはきれいごと抜きに考えれば賢い生き方なんだけど、それにはどうしても打算という裏面がちらつく。
その裏面の裏面(つまり表)は愛だの何だのというきれいごとに、一応はなってるはずなんだ。
それを両立させるためには「打算」というものをどうオブラートに包むかが肝心だ。
それは「打算」ではなく「相性」だと言い換えたり、「打算」のない「フリ」を表面上(あくまで表面上)徹底したり。
「打算」が悪いと言ってるんじゃない。いや、悪いんだけど、必要悪だ。必要だからこそ見えないようにしなければならない。
一方、男からの告白やプロポーズは、女にとって命の次に大事な「選択の機会」を奪う相当な暴力的最終兵器でもある。
これを早まる男というのはそれだけで究極バカではあるが、こういうバカをどうコントロールするかも女の腕の見せ所なんだ。
そのバカさが人間的善良さを伴っている場合など、最終兵器を早まったというだけで切るのはもったいないからだ。
こいうときの対応の基本形は「肯定っぽい返事をしつつ、○○の仕事が終わるまで、祖母の15回忌が終わるまで」など理由を付けて引き延ばすことだろうと思う。