2008-12-30

ラーメン屋行列に並べる人が羨ましい

ラーメン宗教だ。

数日前、あるラーメン屋の前に長蛇の列を見た。

寒空の下、肩を震わせ足踏みしてまで列をなす彼らのエネルギーはいったいどこからやってくるのか不思議だった。

寒さに苦しむ顔をしていながら、彼らの表情からはあきらかに喜びが感じられる。

まるで矛盾している彼らに、冷たい滝にうたれる僧侶の姿が重なった。

修行中の僧侶はさぞや苦しんでいるかと思いきや、実はこのうえない喜びを感じているらしいという話を聞いたからだ。

ラーメンは好きだけど、はっきりいって有名ラーメン屋ラーメンの味がほかとくらべて別格に美味しいとは正直感じられない。

有名ラーメン屋は際だって舌の肥えた人を相手に味をチューニングしていて、それは一般人には及びもつかない領域だ。

にもかかわらず、一般人が有名ラーメン屋の前に列をなす。

舌の肥えたグルメな人がメディアで評価したからだろう。

有名ラーメン屋の前に列をなす人々は、メディア偶像として演出した有名ラーメン屋信者になったんだろう。

彼らが列をなしているのはラーメンの味を楽しむためではなく、ラーメン屋の中で宗教的体験をするためだったんだ。

宗教というと批判的な態度かと取られそうだけど、そうではない。

純度の高い宗教的な体験を味わうためには、高い集中力が必要に違いない。

俺が宗教的体験に没入できなかったり、有名ラーメン屋の列の一部になれないのは集中力が足りないからだ。

有名ラーメン屋にならぶ彼らを見たとき、一瞬ばかにしてしまった。

けれど実は、彼らは極上の宗教的体験にも匹敵する甘美な時間をすごしていたんだ。

このことに気づいて以来、ラーメン屋の前の行列に限らず、すべての行列が神々しいとさえ感じられるようになった。

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