2018-05-30

自称ADHD批判へ物申す、へ物申す

http://blog.shinoegg.com/entry/2018/05/30/093251

中学とき山本くんというのがいて、これがすげぇ勉強のできないやつだった。

山本くんは「やらないからできない」のではなく、「やってもできない」タイプだった。

なぜならテストの点数の割りに、授業はきっちり受けるし、なによりノートの取り方がきれいだった。

そんな山本くんのノートを目当てに、クラス外の人間もやってきて、そのノートを借りていた。

山本くんは、人づきあいが苦手だった。うまくコミュニケーションがとれていなかった。

みんな山本くんを利用した。ってゆうか山本くんのノートを利用した。

発達障害という言葉が巷間に横溢している。

いまおもえば、山本くんは発達障害だったのだろう。

それでも懸命に、高校受験し、無事落ちていた。

発達障害自称する人間には、なんとなく「赦し」を請うているイメージがある。

まり、「私は発達障害から仕事ができなくても責めるな」といっているようにかんじるのである

これを上記山本くんの例に当てはめると、

「ぼくは勉強をがんばっている。でもテストで点がとれない。

これは発達障害である。よって、ハンデをいただきたい。

まりテストで20点ばかり下駄をはかせたまえ」

と、言っているようにかんじるのである

発達障害自称するのは勝手である。好きにしてくれ。

ただ、それをもってして「理解しろ」とかおっしゃるのは、

どうかんがえてもおかしい。なぜ20点分の下駄をはかせなきゃならんのだ。

上記記事で「みんな一生懸命模索して生きている」的、なんともポエミーなツイートがあるが、

なんたる傲岸不遜だろうか。あたりまえだろ。

おまえら一生懸命かいいながら、発達障害いいわけにしてんじゃん、てなもんである

から、「自称発達障害が許せない」という意見には、

「みんな一生懸命フラットな闘諍のなかで生きているんだから

いちいち、発達障害を申告して、じぶんを特別あつかいさせようとすんな」

という意味が裏にある。

上記記事で、「発達障害はグレーだから」といった主張がある。

じゃあ、私も今後、発達障害自称したい。自称して、赦しを請いたい。

ミスっても、忘れても、「発達障害から」と言い訳しよう。

から、こんなクソみたいな記事を書いているもの発達障害たるゆえんなので、

だれも叩いたりしないでほしい。発達障害なので。

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