2037年、音痴が障害であることが社会に一般化した。音痴という言葉は差別的な表現であるとされ、音声障害者と呼称されるようになった。
また音痴の人を影で笑うことは、四肢が欠落している人、目が見えない人を嘲笑することと同じように、差別的な振る舞いとされた。
音痴を矯正するリハビリ・発声練習には保険が付き、程度の差こそあれ安価で音痴が治る時代になった。リズム音痴・音声音痴はそれぞれ音声障害A型・B型と定められ、病状に応じたリハビリが行なわれた。
コミュニケーションツールとして数十年の歴史のあるカラオケ業界は、岐路に立たされることになった。
カラオケに行けば必ずや数人の音痴が現れる。音痴が障害になったことでカラオケから人が遠のいた。
カラオケ業界は対応策として、高性能のキー同調機能をカラオケに付与した。
カラオケで発せられるべき正しい音声に、自然と矯正して音が響くようにしたのだ。
この技術はそもそもテレビ業界が、歌の決してうまくないアイドルや歌手に対して施していた技術だ。
これがカラオケでも流用され、一般人も正しい音声で歌が聞こえるようになった。
この善後策によりカラオケボックスには一瞬だけ人が入ったが、すぐにまた誰もカラオケに行かなくなった。
誰が何を歌おうと同じだからだ。
こうして、旧石器時代から続いていた営みである歌舞の文化、歌って踊って楽しむ文化は打ち捨てられた。
2106年の現在、音声障害法の制定が、カラオケ文化の衰退を生んだとされているが、これは語ってきたとおり正確ではない。