2014-10-15

ゲームが色褪せて感じるようになったら

いつからだろうゲームを始めるときに終わりを意識するようになったのは。

昔は新しいゲームを買ったら、この中には一体どんな冒険が待っているのかとワクワクしながらゲーム機の電源を入れた。新しい世界は新鮮だった。強大な敵、未知のシステム、そして終わりがないようにも思えるストーリープレイするごとに新しいことを学んで前へ前へエンディングへと進んでいた。

しかしいつからだろうか。新しいゲームを買ってもワクワクするような冒険を期待するのではなく、昔と同じワクワクを感じさせてくれるか期待が裏切られないかを心配するようなったのは。あんなに長く感じられた冒険の旅効率的攻略により短くなった。新しいスキルを覚えたときのドキドキも自由度の高いスキルテーブルを眺めるだけでスキル上限を把握できるようになった。ラスボスと戦っていてもまだ見ぬ裏ボスの強さと無意識のうちに比較してしまう。

そして「今ひとつ熱中できなかったな」とそのゲームのせいにしてしまう。そのゲームは昔熱中したゲームと同じくらい面白いはずなのに。

だけどだからこそ次のワクワクを探しに新しいゲームを手にとるべきではないか。次があることを信じて、そんな自分を信じて。

「大人になるほど、こんな素敵は少なくなる。努力して探し回らないと見つからない。このまえ、君は、ゲームがただの ROM だって言ったけど、そのとおりなんだ。パターンを覚え、ルーチンを組み立てることによって、僕らは大好きだったワクワクを排除する。何故だろう? そうしないと、新しいワクワクが見つからないからさ。探し回って、たまに少し素敵なワクワクを見つけては、また、そいつらを一つずつ消していくんだ。もっともっと凄いワクワクに出会えると信じてね……。」

最後面白かったなと言えたら十分じゃない?

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