1955年3月24日、統一教会に入信し、大学当局の警告にも従わなかった教授、助教授5名が免職処分となる。同年5月11日には、14名の学生を退学処分。大学当局に対して、当初マスコミや市民からは憲法で保障される「信教の自由」に反するとの批判が向けられたが、退学処分を受けた女子学生のうち数名が文鮮明と肉体関係を持っていた(血分け)のではという噂が広まり、批判の矛先は一気に統一教会とその教祖である文鮮明に向けられた(文鮮明は女子大生を不法監禁したとの嫌疑などで逮捕されたが、告発が取り下げられたため裁判で無罪となった。