国王の恋人との同棲は民として大変喜ばしい事であり、心から祝福したいと思う。
他人の前では駄目人間を演じている彼が誰よりも常識的で博識なことも、誰よりも結婚を望んでいた事も、国王の立ち振る舞いを電子越しに眺めいた民として心得ているからこそ報告には素直に喜んだ。
だが何故だろう。喜びよりも悲しみが強い。
別にガチ恋勢ではない。同性としても異性としても隣国の酔っ払った男や消防団員の方が魅力的だ。
おそらく民として国王には駄目人間でいて欲しいのだ。断じて国王を下に見ていた訳では無い。
けれども、黒霧島を片手に深夜にバスケをしながらくだを巻き、寝落ちし、いびきをかき、民からdisられる、そんな国王の姿を求めてしまっているのだ。
恋人と幸福になって欲しいと思う気持ちよりも大切な楽しみを失って悲しいという国民の勝手な感情だ。
おそらく国王はこれからも駄目人間やピエロを演じ続けるだろうし、そんな国王を隣国の王達も喜んで迎えるだろう。でもその国王は民にとって偽りの国王なのだ。
結婚して子供を授かり立場が誰よりも立場が強くなった大泉洋の出演するどうでしょうに昔のような魅力を感じなくなってしまったあの気持ちだ。