推しなんてもんは、本来何かに熱中しいる人を他人から見てそのように捉えるもんにすぎず、そういう客体視点を取り込んで「推していく」なんて自認を持つようになる時点でキョロっているのだよ。
人というのは何かに熱中しては飽きていく、そしてそのサイクルごとに到達する深みもまちまちである、それが自然で正常な姿なのだ。
自ら枷を嵌めて一つに縛り付けるのは常軌を逸しているし、本来SNSなんかでその人の興味関心をずっと追跡できてしまうのがおかしいのだ。
それをおかしいと思わず、「見られている」自覚をアイデンティティとして内面化してしまうことで、見ている者に対してツワモノのように見せたいと願う、自己肥大の成れの果てだ。
そうなっている時点で実は熱意は趣味自体ではなく、自分に対して多く割かれているわけだ。
きみもそうだ。趣味自体ではなく、他人の振る舞いを気にしている時点で、翻ってそれは自分の振る舞いを気にしているということだ。
そのような俗っぽい感覚に堕することなく、好きなように好きなものを好けばいい。
そうしているうちに、気づいたらいつかは「○○さんは××を推してるんだね」と思われるほどディープに何かにハマる時も来るかもしれない。
自分には生きがいが特に無いし、いつ死んでもいいと思っている。 仕事においては無能だし、精神が不安定だからこの先家族を持つ予定もない。ペットにも特に興味がない。 趣味はいく...
推しなんてもんは、本来何かに熱中しいる人を他人から見てそのように捉えるもんにすぎず、そういう客体視点を取り込んで「推していく」なんて自認を持つようになる時点でキョロっ...
お金のことが気になって、盲目的に応援できないタイプに見える。 夏物の服をもらったから、夏まで生きていようと思った くらいでいいんじゃないの?
Vtuberで言うなら、推すってのは「私はこの人の養分になります」って宣言だから そいつからすれば100人より101人のほうがいいでしょ。養分は少しでも多いほうがいい。自分に金を払う人...
実際巨大なファンダム抱えてるコンテンツのオタクだけど、自分の場合推しに貢ぐために生きるっていうより今死んだら明日の推しが見られないからとりあえず生きなくては…みたいな...
推したいと思うから推す。ただそれだけ。 自己満足ですよ